10/7/20 黄金の朝、雅の夜

5時半起床、シャワーを浴びて、6時に出る。
トゥクリップ&ストラップを装着したヴィゴーレで臨港線を西へ走る。
淡路島一周日帰りツーリングへ行く、とヒロに言うと、心配やわ、と言われた。
こんな時期にそんなことしたら熱中症になってどっかで倒れてたらどーするの?
実は僕自身もきのうの夕方20キロほど走ってヤバいなと思っていたのだ。
警告を受け入れることにする。
で、早起きして長めの距離を走ってみる、という思惑に切り替えた。


神戸往復。
自宅〜臨港線〜鳴尾御影線(並木の緑がいい)〜43号線〜HAT神戸周辺(ここも気持ちいい)
〜三宮市街〜南京町〜中突堤メリケンパーク〜三宮のスターバックス新神戸
〜山手幹線(交通量が増える)〜鳴尾御影線〜自宅、距離計は42.55キロ。
フルマラソンくらいの距離だ。
朝の6時に出て1時間ほどコーヒーブレイクを挟み9時過ぎに戻る。
40キロくらいではお尻も痛くないし太ももにも疲労はない。
ただ8時過ぎると直射日光がキツいのでバテる。
警告を受け入れて正解でした。


良かったこと。
朝6時の空気は清々しい。
快晴の夏、早朝にロードバイクで走るのはかなり気持ちのいい体験。
黄金の時間だと思う。
この時間帯に眠っているのはもったいないな。
5時が無理でも、せめて6時に走り始める。
神戸往復、武庫川自転車道、甲山森林公園、尼崎釣り公園、
深江浜〜六甲アイランドなど30キロくらいのコースはいくらでもある。


HAT神戸周辺の摩耶海岸に整備された湾岸プロムナードがある。
隅田川テラスみたいなスペースですね。
ここ数日は背後の六甲山の緑が鮮やか、神戸の魅力は海と六甲の緑です。


早朝の三宮は久しぶり。
7時過ぎるともう暑くなり、8時過ぎは日盛りになります。
5時半〜7時くらいの時間帯がいいようです。
眠ければ帰って昼寝すればいい。
 




…ラジオから懐かしい歌が流れてきた。
♪ ちょっと待ってください Please excuse me while I cry

美しいメロディー、たどたどしい日本語、哀愁の詞。
ゴールデンハーフも歌ってましたね。エヴァだったっけ。
千昌夫の嫁になった何とかシェパードって人も歌ってた。
オリジナルはこの動画のサム・カプーという人(グループ?)のようです。


あれ、アン・ルイスは歌ってなかったっけ?
『グッバイ・マイ・ラブ』と混同してるのか。
おそらく17歳のアン・ルイス


お、なかにし礼先生と平尾昌晃先生、まさにプロ、手練れですね。
あなたは右に わたしは左に 振り向いたら負けよ、ですよ。
この曲も同じコンビの作です。
19歳の紅白歌合戦デビュー。

久々のYou-Tubeサーフィン、懲りないヤツです。


 
…夜は西宮えびす神社の『万燈籠』を見る。
夕食後、ヒロと(もちろん自転車で)行く。
映画館も神社も図書館も美術館もすべて自転車圏内であるというのがいい。
夏はプールもね。

 


西宮神社でこんな神事(イベント)が行われているのを知ったのはヒロ。
「宮っ子」という市の広報誌に載っていたらしい。
自転車5分圏内、全国えびす神社の総本山にしてあの福男レースの神社です。
境内はほどほどの混みよう。
十日戎のように電車に乗って関西圏から集まってくる、ということはないようだ。
約330基の石燈籠と約6000基の蝋燭が灯る。
幽玄というのだろうか。
(言葉の意味を知らずに使っています)
心静かに落ち着いた気持ちになる。
蝋燭の光、いいもんですね。


本殿にお参りする。
境内の中央、松林の中で舞楽が始まる。
女人の舞。
本来は男の舞楽を女性だけで行うものらしい。
おそらく高校生くらいの若い女性が一人で舞う。
鮮やかなオレンジ色の衣装に照明が当たる。
雅楽の音色に合わせて舞う。
太極拳を思わせるゆったりとした端正な動き。
雅の世界に引きこまれる。
というか、原始を感じてしまう。
日本という国がまだ無く、村落共同体の一員だった時代に戻る気分。
おごそかな。
いいもんですね。
舞う女の子が端正な顔立ち。
ヒロも、かなり可愛い子だよね、と囁く。
 


続いて4人の舞い。
盾と矛、太刀を用いる舞いを見る。
周りが蝋燭の光というのが厳かな効果を高めているのだ。
中空に上弦の月
風も涼しくて心地よい夕べでした。



内田樹先生のブログ更新。
まずはボヤきから始まっている。
「暑いよぉ」というタイトル。
http://blog.tatsuru.com/2010/07/20_1212.php
このクソ暑いのに教鞭を執る神戸女学院は夏休みにならない。
文科省助成金削減というペナルティをちらつかせて
授業時間の増加を押しつけているからという理由。
氏のブログは転載可能なので積極的にコピペしちゃいます。


  なぜ、授業時間が増えたかというと、理由は簡単で、
  「日本人の学力が低下したから」である。
  それに対して政治家と財界から文科省にうるさく
  「いったい教育行政はどうなっているのか」と譴責がなされる。
  文科省としても、何かをしないと恰好がつかないので、
  とりあえず「授業時間を増やせ」というきわめて頭の悪いソリューションを
  (「頭悪いなあ」とたぶん本人たちも思いながら)大学に通達したのである。
   
  もちろん、猛暑日に授業をしたくらいで日本の大学生の学力が
  めきめき向上するようなシンプルな問題なら、もともと学力は低下などしていない。
  私たちが子どものころにがつがつと勉強したのは、
  端的に日本が貧しい国だったからである。


そういいうことだったのか。
内田先生が大学生のころの例を挙げる。
授業なんて出来合いの定食には手をつけなかったが、
自前で知をむさぼるように吸収していた。
そういう時代だったのだ。


  事態はアメリカでもEUでも変わらない。
  
  がつがつ勉強するのは、どこでも移民とその二世三世たちである。
  
  「中進国マインド」をもっている子どもはよく勉強する。
  
  「先進国の子ども」にはもうそういう向上心がない。
  
  属人的な決意の問題ではなく、構造的に「ない」のである。


  祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きありと古歌にもいうように、
  先進国になったら、次の仕事は「没落すること」だからである。
  
  「没落しないぞ」と必死になって考案するすべての対抗措置が
  ひたすら没落を加速する方向にしか作用しないように
  思考そのものが呪縛されていること、それが没落しつつある国の宿命なのである。
  
  なんとかせねば、とむきになればなるほど、どんどん泥沼に沈むのである。


  こういうときは、黙って「ふむ、困ったものですな。ま、ご一献」などと
  清談などして過ごすのがつきづきしいのであるが、
  みんな浮き足だって「救国の起死回生策」などを考案せねばならぬと
  興奮するものだから、事態は悪化するばかりなのである。
  
  日本は亜熱帯なんだから、夏は休みましょうよ、ほんとに。


60年代や70年代よりもあらゆるものが豊かで便利になっている。
それはもう奪い取ったものではなく、そこにある、ものとして認識してしまってる。
今更、奪い取るべものなど思いつかない。
日本の次の仕事は「没落すること」ですか。
僕ら50代は奪い取る楽しみを得て生きてきた世代の末席にいるような気がする。
ごめんね、若者。
(と子孫のいないボクなどは無責任だ)
滅びゆく宿命、せめて優雅に没落したい。



…『万灯籠』から帰りDVDで映画『チームバチスタの栄光』を見る。


  

原作も読んでないので全く予備知識がないまま見た。
けっこう楽しめました。
4ブラボーくらいかな。
シリアスな医療ドラマと思ったらコミカルな軽さを持ったエンターテイメントだった。
『孤高のメス』とは別物。
原作もこんな感じなのだろうか。
続編の『ゼネラル・ルージュの凱旋』も見たくなった。