2004/9/19 入院21日目

(県立西宮病院1110)
入院21日目。
午前10:11 8月30日に入院して3週間が経つ。来週は退院出来るだろう。そう決めている。イチローはあと21安打、退院の方が遅くなったら今月いっぱい病院だ。
今のまま、入院している意味はほとんどない。自分で注射出来るし血糖値も測れる。
昨日の眠前の血糖値は144、今朝は91と正常範囲内。
自己コントロール出来ないと思われているのだろうか?
昨日の夜は寝る前に映画「ゴーストシップ」の最初の20分ほど観て寝る。
ちょっと最初のシーンはエグかったなあ。けっこうなスプラッター
日本の漫画みたいだ。


…今朝は便通が快調、一時のようなカチカチではなくなった。
朝は味気ない食パン2枚だったのだがドンキホーテでレトルト小袋の「ささみチキン」、わずか38キロカロリーを足すだけで美味しく食べられるようになった。
その分、牛乳を少し残す。何事も与えられたものの中で差し引きしながら工夫する。


…午後4:23 昼食前の血糖値125、食後3時間半の血糖値だから普通の人と同じ、患者の値ではない。インシュリンは14単位打ってるけど。昼は少なくて6単位。
ヒロがご飯のあとに来て一緒に出る。スイミングへ行くヒロと別れ一人で1時間半で阪神電車で梅田へ冒険だ。ソフマップへ行き新しいiMacの実物を見る。なーんかあまり触手が動かないデザインだった。あれだったら旧型のAPPLLEスタディオディスプレイ17インチ(約10万)か思い切ってシネマディスプレイ20インチ(約15万)と今持っているパワーブックG4を組み合わせて方が格好いいなあ。ま、来年の話だけど。本格的に編集やグラフィック作業をしたくなったら、POWERMAC G5のデュアルを買えばモニターはそのまま使えるし性能もいい。G5はデカイので置き場所に困るがデスク右手のチェストを処分すればいい。


…梅田に往復して食後3時間の血糖値を測ると121、そのまた1時間後は114、こんな感じで下がっていくのだ。食後2時間後を測ってみたい(痛いけど)。140以内なら正常、200以下なら境界型、それ以上は糖尿病だ。夕食の2時間後は8時、測ってみよう。


…午後6:31 血糖値87と低い。夕食は野菜と豚肉の炒め物、高野豆腐と野菜の煮物、冷凍ミカンにご飯小 私にはこれで十分です。


…糖尿病患者、諦めなければいけないこと。
夕飯前に串カツ屋やおでん屋、立ち飲みで一杯、それと何となくついでにビール一本というのは諦めなければいけない。どうしてもしたいのなら夕飯抜きでこの立ち飲みに乾坤一擲!という心構えで。串カツ6本(野菜ものを半分)に中瓶1本、日本酒1合におでん、立ち飲みも高野豆腐やお浸し、枝豆に魚一品、ゆめゆめ酒量をオーバーしてコントロール不能にならないように。
そうだなあ、梅田の立ち呑み「金盃」だとしたら、酒を一杯とハーフ、温奴にエッグ、ほうれん草のお浸しに鰯の団子汁、これでコンビニのおにぎり1個なら範囲内だ。
一月に一度くらいは自分を甘やかせてもいいが、その時も酒のあとのラーメンとかうどんとかスイーツとかは厳禁。慣れることだ。慣らせていくことだ。
食事のあとのバーもごく薄いウォッカの水割りとかで持たせるようにしよう。
キャンプはビールはノンアルコールで済ませて、ここでも乾坤一擲の土地の地酒か焼酎を。
何か、楽しそうなことばかり想像する。大丈夫か、ほんとにこれで我慢できるのか?


毎日新聞のコラムに42歳の全盲の女性のことが書いてあった。視覚障害者の教育に人生を捧げている方で中国での視覚障害者教育が遅れていると中国語を勉強して天津へ渡り成果を上げた。
次はアラビア語を覚えイラクでと習得中とのこと。全盲で外国語をマスターすることのハンディはいかほどのものか?こういう話を見聞きするたびになんで僕は何をしているのだろうと思う。血糖値なんか測って一喜一憂している自分が小さい。


こんな話…
余録:夢見る力
精神一到、何事か成らざらん」(朱子語類)。中国天津市のアパートの一室で全盲の青木陽子さん(42)は円卓を囲む生徒たちに繰り返し説き続けている。天津市視覚障害者日本語訓練学校。青木さんが10年前に創設した60坪の小さな私学だが、その夢は大きい▲「経済成長を遂げる中国で障害者は社会から置き去りです。どうせ失望するから、と夢を持とうともしない。だけど、夢を実現するために努力しようと言い続けています」。一昨日の毎日国際交流賞の表彰式で、受賞を喜ぶ青木さんの熱い思いに出席者のだれもが圧倒された▲青木さんは先天性の弱視だったが、予防接種後の高熱のために6歳で視力を失った。「障害者が社会参加するには、教育が不可欠。死を迎える時に後悔しないように生きたい」。筑波大学付属盲学校、南山大学をへて米国の大学院で教育哲学を学んだ▲その米国で転機が訪れた。中国の障害者教育の遅れを知ったからだ。今度は、中国語を学ぼうと初の盲人留学生として中国に渡った。「唐の時代、鑑真和上は仏教を伝えるために5度の失敗にも屈せず、盲目になって日本渡航を果たした。そんな鑑真の“まねごと”をしたかったのです」▲その後、アジア視覚障害者教育協会を設立し、中国の視覚障害者が日本に留学できるように奮闘した。すでに200人以上の障害者が日本語を習得、8人が日本留学を実現した。今では天津のラジオ番組で日中の社会や文化などを語っている▲昨年からアラビア語を学び、アラブの大学にも留学する予定だ。
イラクなどの戦乱の中で障害者がどう生きているのか知りたい。夢はアルジャジーラの番組を担当し、日本や中国を紹介することです」
夢見る力こそが世界を開いていく。 (毎日新聞 2004年9月19日)
 

…午後10:06 夜は談話室で久しぶりにテレビを観て過ごす。教育テレビでパラリンピック、この車椅子バスケットの日本対アメリカはダイジェストだったがなかなか面白い試合でこの競技でどこが見所なのかがよくわかった。車椅子のまま、前につんのめって転んでも自力でみんな立ち上がってくる、速攻有り、ゴール下に切れ込むスピード有り、リバウンドに強い選手有り、機会があれば代表クラスの試合を実際に見てみたい。
NHK特集は「人間は何歳まで生きられるか?」の第二弾。スキーの三浦敬三さん(100歳)や102歳で日本舞踊の師匠をしている女性を紹介。三浦敬三さんは確か「98歳 立山大滑降」という番組を見たことがあって知っていた。三浦雄一郎のお父さんだ。二人とも決して呆けてはいないのに驚く。しゃべりが普通なのだ。三浦さんは100歳で立山山スキーで滑り降りる。
僕は思うのだが、カール・ルイスやイアン・ソープも凄いが本当に凄いのは三浦さんのような人ではないだろうか。同等かそれ以上に評価されてしかるべきではないだろうか。
僕は夢想する。シオダヒロシ、75歳くらいになってノルウェーの白い森をクロスカントリーのスキーで滑走する未来を…。糖尿病だからそこまで生きられないって? 
うん、だから挑戦し甲斐があるではないか。


…元気のいいことを書いて何だが夜の血糖値が187と高め。夕食2時間後は217あった。
夕食のメニューの問題かなと思って調べると肉の時や魚の時(たいていは魚だけど)で差はあまりない。で、考えた。夜が高いのはこういうことではないか?
人間の身体は昼間に活動するように出来ている。いくら業界の人間が夜型とは言っても僕は夜に寝て午前中に起きていた。ここに入院してからは12時以降に寝たことはほとんどない。もちろん朝は早い。で、身体というのは夜になると店仕舞いするように出来ているのではないか?
営業時間を過ぎてしまうのだ。で、自前のインシュリンの分泌も少なくなる。それほど必要ないよと脳のコンピューターが命令する。だから夕食、夕食ならいいが夜食はカロリーを取りすぎてはいけないのだ。出来るなら3食のうち一番軽くした方がいい。
なんて勝手に考えてみたのだがどうなんだろ? 今度、坂田医師に聞いてみよう。
これが正しければ僕は夜に一番食べるこれまでの習慣、特に夜遅く食べる前に飢餓状態を作る食習慣は最悪と言うことだ。昼から夜にかけてあまり食べないので膵臓は「もう、客も来ないし店仕舞いか」と活動を鈍らせる。もとより夜になれば人間の自然なリズムにより機能も低下させていく。ここに阿呆な僕はアルコールを含めた食品を体内に入れる。膵臓はもう閉店と思っていたところに来た客に十分な対応は出来ない。(インシュリンを出してカロリーをエネルギーに変換出来ない)で、血中に糖分が増加するということになる。そんな生活を十数年やってきたのだ。
しかも一日に摂るカロリーが極端に差がある生活。あるときは1400にも満たないと思えばあるときは3500以上だったり。それは対応できないよなあ。


…坂田医師が久しぶりに病室に来た。血糖値を見て「いい感じですね」と言う。
「来週には退院出来ますか?」「このままなら退院ですね」
たぶん、来週の水曜か金曜には退院でしょう。