2004/10/16 ベルリンのフリマとアラスカの天狼


午前7時過ぎ起床、寒い。血糖値が下がってからなのか、とにかく退院してから寒さに対する耐性が急速になくなってしまったような気がする…(何かまどろっこしいなあ、hanae「小学生日記」に学ぼう)…この頃、さむがりになった。これはホントだ。身にしみて感じている。
以前はどちらかというと暑がりだった。体脂肪が落ちてきたのかと想像するがもっと体重が軽かった頃もあるが、こんなに寒がりじゃなかった。歳なのだろうか? この数年、一番寒い時期でもTシャツ、フリース、その上にペラペラのアノラックというかヤッケを着ているだけで過ごしてきたのだ。でも、この寒がりようではダウンジャケットとかマウンテンパーカーとかダッフルコートとかが必要になるのかな。それはいいとしても風邪を引きやすくなってしまうのは勘弁して欲しいなあ。せいぜい走って耐久性をアップしよう。
本日の体重は少し増えて72.85キロ、血糖値は86。

…また中断していた「スラムダンク」を読み始めている。今9巻、神奈川県予選が始まって桜木がファウル連発しているところ。やっぱ、宮城リョータ君がいいなあ。メインキャラよりサブキャラが人気出るってのはヒット作品の必須条件なのかも知れない。「あしたのジョー」の力石や「ドカベン」の岩城や殿馬
楽しみにしていたメジャーリーグの中継は雨天順延。

…午後9:13 今日は結局、サンシャインワーフ神戸のフリマを覗いて(天気はサイコーだったが内容はイマイチ)新在家へ何故か行き、歩いて石屋川の駅へ。そこから阪神電車で今津経由で西宮北口ジュンク堂へ行く。はっきり言って何のこっちゃ?という日でした。また反省。
一日のプランというかビジョンが全く出来ていない。行き当たりばったりの楽しさもあるが、それにしては右往左往し過ぎだ。あまり予定は変えないこと。今日、朝食の後にフートンに横になった。疲れていたのだ。以前の高血糖による疲れでなく単なる筋肉疲労なのだが、今日はどうしようかなあ?という迷いが出た。迷うほどシリアスな疲れではなかったのだ。ちょっと風邪気味なのも弱気になった原因かも知れない。今夜は薬を飲んで早めに寝よう。10時半に風呂に入り
11時には寝床に入ろう。

ジュンク堂で本を見て歩くのは楽しい。最近、スタッフの中でブームの神保町、なんだかJJ氏になったような気分だ。JJと言っても女性誌じゃない。植草甚一氏のこと。晶文社から出ている植草氏のスクラップブックシリーズを学生時代に僕は何冊くらい持っていただろう?10冊近く持っていたのではなかったか。映画、アメリカ小説、ジャズ、ロック、サブカルチャーと博覧強記の人物だったが現在の荒俣某氏のような妖怪じみてはいなかった。
「ぼくは散歩と雑学が好き」「こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた」「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」「カトマンズLSDを一服」「マイルスとコルトレーンの日々」「コーヒー一杯のジャズ」などなど、タイトルからして軽くて楽しかった。ほとんど読了というか完読したわけではなかったが、何か粋で格好良くて憧れていたのだろうなあ。本棚を飾るだけで良かったのだ。一冊だけ「モダンジャズのたのしみ」だけは何度も読んだ。でも、植草氏の好きなジャズは僕の趣味とはちょっと違った。
 hanae「小学生日記」をやっと見つけた。女性作家のところにひっそりとあった。話題になったのはかなり以前なのだろうか?それとも出版社が聞いたこともない「プレビジョン」というところなので平積みにならなかったのだろうか。
小学生日記」の最初の「フリマとわたし」はWEBで読んでいた。何だかフリーマーケットに無性に行きたくなった。フリーマーケットと言えばベルリンのフリーマーケットを思い出す。
1987年の秋のこと、まだドイツが東西に別れていた。西ベルリンのはずれで青空市が開催されていると聞いて一人で行ってみたのだ。その頃はフリーマーケットという言葉も知らなかった。何と呼んでいたのだろう。のみの市?泥棒市? とにかくSバーンという都市鉄道に乗ってそこへ行った。草の生えた野原いっぱいに店が出ていた。種々雑多な物が、ほとんどはガラクタ、売られていた。トルコ人、ポーランド人、アフリカ系の黒人、中近東のアラブ人、ヒッピーのようなドイツ人、ロックンローラー風、ヘビメタ風、宝石で飾り立て安楽椅子に座った暗黒帝王のような奇怪な男も、それぞれに店を出していた。面白かった。ドキドキしながら広大なマーケットを歩いた。立ち飲みのBarがありビールを飲んだ。ナチス時代の軍服や写真集、あるいはソ連兵の帽子や東ドイツの国境警備兵の帽子も売っていた。僕はドイツの鉄道員が使う革製の鞄を買った。
それだけでは面白くないので、立派なウールのコートを2着、驚くほど安く買った。重いウールの重厚なフォーマルコートだ。それを日本へ帰って友人のセルジオに売った。身長180?で80キロ以上あったセルジオに良く似合った。あのフリーマーケットは今も開かれているのだろうか。
のみの市と言えば、1981年の冬、スペインのマドリッドで僕はフリマの店を出したことがある。いろいろやってるなあ、47年も生きてんだものなあ。そういえば構成のS氏はカリフォルニアかワシントンかで雲丹を獲っていたらしいし…ホント「青年は荒野をめざす」とか「何でも見てやろう」の時代だった。
それにしてもhanaeの文章は感心させられる。難しいあいまいな表現は一切使わず人に自分のことを伝える技術を備えている。僕の中学生の頃に書いていた日記なんてホントひとりよがりの文章、まあ、それは日記だからよかったんだけど。hanaeちゃんはすごいや。考えてみるとhanaeの親は僕よりも若いのだなあ。やれやれ。

…最近、無性に正しい喫茶店に行きたいと思う。ちゃんと珈琲が美味しくて静かで落ち着いて本の読める場所。糖尿病になってから僕の町歩きの寄港地としての選択肢が絞られて来たというのもある。居酒屋で一杯とか、ビアホールでとか、酒屋の立ち飲みで、とはいかなくなった。まず、カロリーが制限されているし、それ以上にふらりとアルコールを飲むことは危険なのだ。
糖尿病は甘い物が制限されていると思われがちだが、特にこの食品はよし、あの食品はダメというのはない。食事時間とカロリーだけだ。アルコールも医師に止められているわけではない。
今のところ、選択肢として散歩の途中の珈琲とドーナツはあり、だがビールやウイスキーはNGだ。何故かと言えばビールや日本酒や焼酎は…それだけで済まないからだ。たとえ、無性にドーナツが食べたくなって2個、3個となることはまず考えられない。僕は砂糖中毒のアメリカ人ではないのだから。でも、同じカロリーでも、あるいは低いカロリーでもアルコールはダメなのは食欲が異常に増進され、何よりもコントロールのリミッターがいとも簡単にはずれてしまうからだ。病気になる前も僕にはその覚えがある。いつのまにか「まあ、今日はいいかあ」って飲んで好きなだけ食べてしまう。病院での糖尿病の指導に「アルコールは禁止ではありません。ただし、男性の患者の方の80%はアルコールで自己コントロールを乱します。だからオススメは出来ません。」と言われた。その通りだと思うのだ。だから、飲むときは最初から「今日は飲むよ」と決めて飲む。ズルズルと飲む予定ではないのに「飲んでしまった、食べてしまった」は絶対に避けなければいけない。
それにしても歳をとるということは選択肢が制限されていくことだ。20代の人に比べて選択肢は確実に限られていく。もうメジャーリーグのマウンドに立つことは選択肢の一つには数えられない。でも、選択肢が少なくなることは諦念に裏打ちされた一つの安楽であり ある種、幸福でもある…と思うのだ。

…夕暮れ時、撮影旅行に出ているセルジオに電話をする。彼は富山の高岡にいて立山連峰が目の前に見えると言う。頂は雪をかぶっていると言う。へ?新雪の季節かあ。自宅に戻ってインターネットのライブカメラ立山上高地を覗く。なるほど、昨日の明け方に新雪が降っている。
ああ、もうちょっと行くのが遅かったら上高地で新雪の穂高連峰と中腹の紅葉が見られたのに…と贅沢なことを思う。


…そうそう、前回の東京出張での話です。芝公園セレスティンホテルに久々の投宿。
部屋のデスクの上に「風の旅人」という雑誌が置いてある。このホテルの関係なのか、パブリシティなのかと思っていたが、中身を観るとどうもそうでもないようだ。帯には「大自然や人間ドラマを描く本格的グラフィックマガジン」とある。執筆陣も広河隆一水越武養老孟司川本三郎と僕も知っている。どちらかというと硬派な感じ。ユーラシア旅行社から出版されていて決してメジャーな商業誌という感じはしない。パラパラと眺めるとちょっと前の「SWITCH」のようで決して安っぽくはない。で、ふと手が止まった。そこに見たことのある写真が載っていたからだ。牙をむいたオオカミの写真。このオオカミはしばらくの間、僕の部屋の壁を飾っていた写真だ。さらにページをめくると羊の肉をくわえたオオカミの写真が2枚、これも見覚えがある。
ちょっとした文章も載っている。「天狼」というタイトル、不破弘次とある。
「不破さんの写真だ」と思わず声に出してしまう。僕の知っている動物写真家だった。
不破さんとは1997年の秋、アラスカで出会った。アラスカのデナリ国立公園のインフォーメーションセンターで髭面の小柄な日本人が大きな荷物を持っていたのが目にとまった。話しかけると3ヶ月の予定でキャンプ生活をするというので興味を持った。1週間後、テクラニカのキャンプ場で再会しビールを飲みながら話を聞いた。不破さんは金沢在住で僕とほぼ同年代、アラスカには数年来通っているという。写真のターゲットはオオカミ、野生の狼にはこれまでの8年ほどで2回しか遭遇していないという。
それほど自然の深淵に潜む用心深い動物なのだ。
写真に撮れたのは2回のうちたった1度だけ。
1990年、テクラニカリバーの河原でドールシープ(岩肌に棲む山羊の一種)の肉を喰うシーンに遭遇した。雑誌に載っていたのはその時に撮影したものだ。
不破さんは毎年、あるいは2年に一度のペースで自腹でアラスカに来ていた。仕事は金沢のローカルテレビ局でフリーカメラマンとして、あるときはカメラ助手として、またあるときは日雇いのアルバイトをしながら家族を養い借金をして取材を続けていた。
僕が興味を持っているのに気づくと「僕なんか取材しても無駄ですよ。ただの貧乏カメラマンですから。とても写真だけじゃ食っていけない」と暗く自嘲した。
僕は帰国後2回ほど金沢の自宅へ泊まりがけで飲みに行った。2度目はアメリカ北部のミネソタでオオカミの写真が撮れたとメールが来て、写真を見せてもらった。牙をむいたオオカミをクローズアップでとらえたもの。雑誌に載っていた写真の一枚だ。
どういう経緯でこの「風の旅人」に載ったのかは知らない。僕は好きな写真だったし、狼という動物の野生を写し撮ったいい写真だと素人なり思っていた。撮影するために不破さんがどれだけの労力を費やしたかを聞いていたから何だか嬉しくなった。
報われずとも一人アラスカの荒野を重い機材をかついで歩いている髭面のカメラマンがいることに僕はこの数年、勇気づけられることがあったし、正直羨ましいとも思った。
雑誌にこういう形で発表されることが不破さんにとって本意なのか不本意なのかもわからない。
天狼はおおいぬ座の一等星シリウス、彼のユーザーネームもsirius@だった。
メールで雑誌を見たことを伝えようと思う。