2010/11/22 歳月は激流のように

野村忠宏講道館杯で2回戦で合わせ技一本負け。
ロンドン五輪を目指していたが事実上断念、引退を示唆する、とある。
野村は35歳、敗れた相手は19歳だった。
僕が彼と初めて会ったのはアトランタ五輪の直前取材。
彼の叔父さんがミュンヘン五輪の金メダリストだった。
決勝開始わずか10数秒で背負い投げ一本勝ち、衝撃的なテレビ中継を高校生の時に見た。
その野村豊和選手の甥っ子が忠広だった。
そんなきっかけで五輪特番での取材を始めた。
21歳、高校生のような初々しい若者だった。
最初にインタビューした時にはまさかオリンピック3連覇するなんて予想もしなかった。
「得意技は、背負い投げ、です。」と小さな声で答えただけだった。
当時は中村三兄弟、吉田秀彦小川直也に注目が集まり、
国際舞台での実績がない野村はマスコミ的にはまったくノーマークだった。
アトランタで金メダルを獲って帰国した伊丹空港で出迎えた。
金メダルを触らせてもらった。
1996年の夏だった。
あれから14年が経つ。
少年は男の顔になった。


朝刊に尼崎市長選挙の開票結果が載る。
当選したのは38歳の女性候補、現職の白井市長も女性。
尼崎は2代連続女性市長を選んだ。
記事のプロフィールを読んでちょっと驚いた。
1995年、阪神淡路大震災の時、彼女は神戸大学の学生だったのだ。
震災のボランティアをきっかけに市民運動に参加する。
あれから15年、女子大生が市長になった。


写真は21歳の野村忠宏尼崎市長に当選した稲村和美候補。
  


90年代半ばがすでに遠い昔に思われる。
時間が激流のように流れ過ぎていくような思い。
新たにやってくる15年は僕の脳内記憶でさらに加速するだろう。
怒濤の果て、気がつけば呆けた老人になって彼岸に打ち上げられているのだ。


40代にはこんな感慨は浮かばなかったのに、どうして50代はいつも自虐的になるのか。
fatfatさんの日記にも、自らが朽ちていく様を嘆き、愚痴り、結局は諦める、
というマゾヒスティックで自傷マニアな感慨が綴られている。
五十路には終着駅が見える。
そんな年頃なんだな。
60代までサバイブしたらまた違う世界が見えてくるのだろう。
ま、順番だからさ。