今日はオフ、夕方からルミナリエへ行く予定だったがヒロの体調が優れず中止。
終日、自宅で経費の精算したり、請求書を書いたり諸々、オフ…でもないか。
ジョギングしましたけど、ジョギング後でも体重が73キロあるのにショック。
紹介状もあるので食餌療法のクリニックへ行って本格的に体質改善を、と思う。
でも、その前に快楽を少々、なんて思ってるうちに脳溢血か心筋梗塞になるのだ。
わかっちゃいるけど…今日はいい天気。
巷では海老蔵続報とウィキリークスの機密流出が話題になっている。
ウィキリークス、日本のメディア報道は世界基準に照らし合わせるとかなり国家権力寄り。
テレビも新聞も大手は同じようなスタンスに思える。
現政権の上げ足とりのバッシングは売れるから書く。(確かに脆弱な政権だけど)
本当の権力は呉越同舟の組織として守ろうとしているように映る。
…先日、京都の一乗寺へ行った。
1995年4月以来のことだった。
その頃の日記をちらちらと読み返す。
池澤夏樹の小説の一節を書き写している箇所があった。
女性の火山学者が主人公の『真昼のプリニウス』という中編小説。
この一節を書き写しては、このままじゃいけない、と反省していたのだろうか。
もちろん当時はMacなんかじゃなく、手書きかワープロだった。
日々はそれぞれに適量の義務や問題を含んで到来し、また去っていく。
毎日の終わりにはちょっとした達成感があり、それを七日分まとめれば
一週間という日時を有効に過ごしたことになる。
同じようにして一ヶ月でも一年でも、時間という空の容器に何かを詰めることはできる。
しかし、その手応えに騙されてはいけないと頼子は思う。
うかつな者はそれだけで何かをやり遂げたような気になるが、
次々と飛来する球をとりあえず相手コートに返しているだけで
全然得点していないということだってあるのだ。
…まるで心の引きだしが一つ、2センチほど開いたままになっているみたいだ。
きちんとしまっていないのがわかっているのに、そこへは手が届かない。
今のところは大丈夫、今のところは放っておいてもいい。
しかし、いずれ何かが起きるような気がする。
徹底して考えるべき時がゆっくり迫っている。
(池澤夏樹『真昼のプリニウス』より)
いまでも状況はそれほど変わっていない。
加齢で残り時間がなくなり、選択肢が減った分スッキリしただけかもしれない。
引きだしを少し開けたまま、相手コートに打ち返すだけの日々が続いている。
体力は持つのか?
今のところは大丈夫、と言いながら20年以上が経った。
徹底して考えるべき時は、今も迫っている。
夕食はオムライス、ぬいぐるみとバラエティ番組を見ながら夜を過ごす。
明日は試写会が2つある。
よみうりテレビ社内試写『ニセ医者と呼ばれて』と韓国映画『ハーモニー』@東映試写室。
時間がもろに被っている。
音羽屋(堺雅人と尾野真千子も出演)を見るか、韓国を涙させた感動作を見るか。