2010/12/18 西天満でふたたび〜神崎川渡と共に〜

ことし10月に亡くなった神崎川渡(M氏)の追悼ライブがあった。
場所は梅田、阪急東商店街のはずれにあるライブハウス『RAIN DOGS』でした。


・BIG BUG BAND (ギタリストとして最初に所属したバンド)
・祐帆BAND   (愛娘がヴォーカルを担当する関学の軽音楽部のバンド)
・だいひで&さいと(東京遠征でギター伴奏したさこ大介さんらのユニット)
・AFTER HOURS SHOW(なじみのブルースバーのバンド、創成期に所属)
・西天満一座 with 石田雄一(メンバーとして最後に活動していたオヤジバンド)


5組のバンドが歌い奏で故人を送った。


亡くなる直前までメンバーの一員だった西天満一座。
代表してセルジオが送辞を読み上げた。
本来は弔事なのだろうが送る言葉といった方が近いと思う。
(ちなみにセルジオというのは僕だけでバンドではクラバートと呼ばれている)


 神崎川渡君。勿論君には本名があるけれど、
 私達は君のことを「わたる君」と呼んでいました。
 おそらく敬愛していた高田渡さんと、神崎川の向こうに住んでいたこと、
 それに、藤田まことが歌った「十三の夜」の歌詞に登場する「もすりん橋」、
 神崎川に架かるこの懐かしく古めかしい橋に、君の思い入れがあったからかも知れません。


こんな呼びかけから始まる4分ほどの朗読だった。
動画 http://www.youtube.com/watch?v=R30Kjn-RPHk
コメント http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1597466093&owner_id=113229


最後は彼が好きだった高田渡の『生活の柄』を全員で合唱、
酒と涙と笑い、そして熱のこもった感傷に包まれライブは終わった。



少し個人的なことを書きます。


ぼくにとって彼、神崎川渡くんは他のみんなよりちょっとだけ遠い存在だった。
セルジオたちのバンドに渡というギターの上手い奴がいるのは聞いていた。
実は嫁同士が友人で、ヒロから、ワタルくんって知ってる? と言われ奇遇に驚いた。
ヒロはときどき渡くんの家で(彼が留守の時に)ご飯に呼ばれたりしていたのだ。
直接の面識はなかったようだけどヒロと渡くんは高校時代の同級生でもある。
そのことを知って以降、僕らはお互いバーで会うと、どうも、いつも嫁が世話になってます、
と挨拶はしたけれど一言二言話すだけだった。
嫁同士が親友というのは何となく距離をおいてしまうものなのだ。


1年半ほど前、彼に悪性リンパ腫が見つかったことを知った。
ヒロ経由で病状が耳に入ってくる。
負担の大きい治療を続けていたようで聞こえてくる病状は思わしくなかった。
何度目かの入院生活を送っているころ、
ヒロから、ワタルくんも「ぷよねこ日記」読んでるらしいよ、と聞いた。
友人(渡くんの嫁)との会話に何度か僕の日記が登場してきたらしいのです。
映画や自転車やスポーツのこと、ぬいぐるみを洗ったことなんかも知っていたらしい。
彼がひそかに読んでてくれたことをちょっと嬉しく思った。


あとで知ったのだがTwitterをやっていて彼の作ったリストに僕も入っていた。
フォローしてくれたらよかったのに、と思ったが、僕が知っててもしなかっただろう。
共有する照れくさい感覚があったのだと僕は勝手にそう思う。
8月には甲子園のことを何度かつぶやいている。
セルジオの送辞にあったように「二度とログインされることのない世界」で、
それらのつぶやきは昨日書きこまれたように今もそこにある。


  さあ決勝戦。連投の両投手が展開の鍵か。
  スタミナでは島袋投手が優るか。興南は4番打者不安。
  いずれにしても好ゲームを期待。


  たたみ掛けるなあ、興南。真栄平君にも当りが出て来た。


  去年の日本文理の猛追の例もある。頑張れ!


  結果的には交代が遅かったかもしれないけど、これでいいのだ。



同じ頃、僕も「ぷよねこ日記」やTwitterに甲子園のことをいろいろ書いた。
きっと読んでいてくれただろう。


彼はこの夏に電動アシスト付きの自転車を買った。
退院しても近所を動き回る体力も失われていたのだ。
毎朝ロードバイクで走ることが出来る自分の無慈悲な幸運を思う。


渡くんはこのツイートからわずか40日あまりでこの世を去る。
悔しかっただろうな。
なんで自分が? とも思ったかもしれない。


彼については死んでから知ったことの方が多い。
あまり親しくもない奴がこんなことを長々と書いてどうかと思う。
人は誰も自分が生きていたことを知っていて欲しい、そう勝手に思いこみ書いてしまいました。
時々ヒロが「ワタルくん、きっとねこちゃんと話してみたかったんじゃないかな」と言う。
自分に少しでも関心をもってくれていたことが嬉しく思ったのです。
生きていたら友達になってくれただろうか。


ライブでは職場の女性たちが何人も泣いていた。
渡くんは面倒見が良かったんだね、と思う。
今、僕の仕事は面倒見だけのような気がする。
でも、僕が死んでも誰も泣いてくれないな。


個人的には3番目に歌ったヒデマロさんの歌に目頭が熱くなった。
酒が適当に入り。いつもの調子でオチのない話をしてみんなに突っ込まれていた。
「今年、オレ何回くらい黒い服着たやろ?」とぼやく。
おくりびとヒデマロさんの名曲『星になる』、You-Tubeに動画があった。
(5月2日のライブの録画です)