2011/2/26 1Q88

寝坊したが走る。
体重73.75キロとなる。
当面の目標体重まで750グラム。
しばらく72キロ台をキープしたいのだ。
4月からいっきに2キロ減というのが皮算用。


プロ野球、ことしの大卒ルーキーが1988年生まれだと知った。
マーくん&ハンカチ王子世代はギリギリの昭和生まれなのだ。
僕がスポーツの仕事を始めたのが実は1988年(昭和63年)だった。
すでに31歳、ひねた新米スポーツディレクター。


この年の3月、近鉄阪神オープン戦@奈良郡山球場のニュースがスポーツの初仕事だった。
そしてこの年、僕のルーキーイヤーは20年に一度あるかないかの激動のシーズンだった。
関西にはまだパリーグが3球団あった。
6月だったか近鉄のデービスが大麻で逮捕された。
日生球場近鉄ナインに突撃インタビューを敢行)
主砲を失った近鉄は中日から急きょブライアントを獲得。
ウエスタンリーグに出場していたブライアントを西宮スタジアムでつかまえてインタビュー)
続いて掛布が突然の引退宣言。
バースが長男のザクリー君の病気で緊急帰国。
(アメリカから戻ってきたバースを伊丹国際空港でインタビュー)
そのドタバタの引責でか阪神の古谷代表が飛び降り自殺。
9月、阪急がオリックスに身売り、続いて南海がダイエーに球団譲渡。
実はオリックス身売りを除いて他はすべて僕が現場記取材を担当した。
今なら考えられない。
同じ9月にはパルパル!ソウル五輪があり、10月には近鉄10.19の悲劇。
南海ホークス40歳の門田博光がホームランと打点の二冠王に輝く。
この年の5月からニュース取材の合間を縫って門田の取材を始めた。
9月にチームが身売りすることになり大阪球場も閉鎖が決まった。
僕にとってはじめてのスポーツドキュメンタリーだった。
撮影してしてくれたカメラマンの一人は今や会社の取締役となり、
もう一人は数年前、54歳、いまの僕と同じ歳に亡くなった。


嵐のようなシーズンだった。
ほとんど休みがなかったと思う。
それが1988年…。
斉藤や田中、マエケン、坂本、大石、沢村らはその年に生まれたのだ。
そうか、そうだったのか、あの年の子供なのか、と一人感慨にふける。


この年齢になると日々、ちょっとしたきっかけで来し方を振り返ってしまう。
僕の視線は後ろへ向きやすい。
現在より過去の方が好きだ。
ランズデール『ダークライン』という小説の主人公が言う。
『歳をとるにつれて…いや、正直に言えばまだ50代後半なのでたいした歳でもないのだが、
 それでも過去の方が、現在よりも大切に感じられるようになった。』


…今日もニュースデスク。
プロ野球オープン戦ゼロックススーパーサッカーをウォッチング。
例の『月光の聖者達』が流れる三井住友銀行のCM、新しいバージョンを見た。
ここにも1988年!

まだYou-Tubeにアップされていないので銀行のHPよりご覧下さい。
http://www.smbc.co.jp/cm/index.html#/cm/6
一瞬、『北の国から』の泥のついた一万円札を思い出してしまった。


アップされてました。


このCMのターゲットは20代の若者ではない。
桑田佳祐といい、描かれているドラマといい、すべてオーバー40、あるいは50向けだ。
サザンやイーグルスに涙する中高年を見て今の20代は何を思うだろう。
けっ、ジジイが散々楽しんで、あの頃は良かったなんて懐かしんでやがって、
お前らが好き勝手にやった結果が夢のない今なんじゃないのか、ってムカついてるだろうか。
ごもっとも。
申し訳ないが僕らや僕らより上の世代は勝ち逃げし、ある者は逃げ遅れている。
若者よ、すまんがその怒りを生きるパワーに変えて頑張ってくれい。
あとは任した!


NHK-hi『大聖堂』、4回目を見る。
あっというまに4年が過ぎ中世英国は戦乱の世。
王位継承、キリスト教と王権との争い、血で血を洗う歴史。
野蛮であるがゆえにドラマとして面白い。
それは日本の戦国時代も同じ。
次も見よう。