2011/3/28 津波てんでんこ

夕刊の記事で「津波てんでんこ」という言葉を見つけた。
三陸地方の言葉で、みんなバラバラでやろうや、というのを「てんでんこ で」と言うらしい。
かつて何度も津波に襲われた三陸の町では津波の時、事前に認め合った上で、
「てんでんバラバラ」に逃げて一族共倒れを防ごうという意味である。
明治の津波の際、子(夫)が親(妻)を助け、親(妻)が子(夫)を助けて、
共倒れになったケースが多かったという教訓から生まれたのだという。
互いに「逃げてくれている」と信じ合うことが命を守る。
一見、非情に思われるが、涙を振り絞るようにして生まれた知恵だ。

今回、津波に襲われた釜石の小学校では子供たち全員が自宅へ戻らず山へ逃げ助かった。
てんでばらばらに逃げた親子が避難所で再会出来たケースも多かったのだとか。
悲惨な歴史から学んだ「津波てんでんこ」、その時あなたはどういう行動をとるべきか?
ハーバード大学の教材になり得るかもしれない。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/281397.html


センバツ、第一試合で東北高校大垣日大が対戦。
初球、いきなり大垣日大の先頭打者ホームランがとびだし7-0で大垣日大が圧勝した。
重くのしかかる期待とマスコミの過剰ないれこみ報道は東北ナインにも負担だっただろう。
気仙沼の体育館前に無理矢理大型ニターや東京から応援団員を持ち込むテレビ局の神経を疑う。
もし担当ディレクターだったら…と思うと同じようなことをしたかもしれないが。


東北の全力疾走も感動を呼んだが、あえて大垣日大の精神力の強さにも賞賛を送りたい。
この状況で平常心で戦うのは並大抵ではない。
初回のつるべ打ち、さらに盗塁と、容赦ない攻撃が返って気持ちいい。
勝利監督インタビューを見て驚く。
坂口監督!
長く東邦高校を率いた名将は老監督になっていた。
そうか、このベテラン監督が選手たちのメンタル面をコントロールしてたのか。


実は大垣という街に3ヶ月くらい住んでいたことがある。
(日本全国神出鬼没の半生でした)
大学時代の住み込みのバイト、紡績機械の修理、メンテナンスの仕事だった。
大垣にはユニチカなど大きな紡績工場が集まっていた。
70年代の終わりだった。
小学校の木造校舎のような古い紡績工場。
昼休みには渡り廊下の日だまりに座り込んでタバコを吸った。
外界から隔離された工場で映画『パピヨン』の囚人のような気分だった。
工場の食堂でいっしょになった中卒採用の女工さんたちを思い出す。
  

…A部さん、遅れて酒豪Nさんと天満の『肴や』で飲む。
赤ワインのフルボトルを3人で2本飲んでしまった。
2軒目は大阪駅のエキナカのバー、いい酔い加減で帰宅する。
冷え込みは少しゆるんできた。
氏家日テレ会長が死去、東京でソメイヨシノが開花。