再録 2007/2/17-18

『滅びる』 2007.2.17
 註:中段の木造旅館は牡鹿半島の鮎川にある。海からすぐの場所に立っていた。
   津波の被害は免れなかっただろう。
   中段右、セルジオが立っているのが石巻の旧北上川河畔。
   3.11にこの場所は海の底でした。

   
   

体重71.35キロ。
今日から二泊三日で宮城へ行く。
同行はセルジオ、夏に続いて50男の二人旅。
(この年の夏は瀬戸内をドライブ、高松泊でした)


伊丹から仙台までJAL EXPRESSで飛ぶ。
マイレージを使った「おともdeマイル」
プラス1000円を奮発してクラスJです。


仙台は快晴、冬の東北とは思えないほどの陽ざし。
空気もまったりとぬるい。
トヨタレンタカーで「ラクティス」を借りる。


三陸自動車道で石巻まで1時間弱。
石巻は南三陸有数の漁港で、石の森章太郎の育った町。
JRの駅でサイボーグ009の島村ジョーや003のフランソワが出迎えてくれる。


駅前食堂の特集を企画しているセルジオが行ってみたいという店がある。
石巻駅前の「三楽食堂」、戦後、3人の兄弟が楽しようと始めた食堂。
食堂は流行ったが少しも楽にならなかったとか。
ちょうど昼時だし、駅前食堂はいいね、と思って訪ねると…あるべき場所に無い。
あるべき場所にはコンパネでショーウインドウが閉ざされた店があった。
閉めてしまったのかあ、遅かったか。
セルジオの情報は「東北の駅前食堂」という本で10年前くらいの発行。
三楽食堂は眠るように死んでいた。


石巻の市内を通過して港へ移動。
水揚げの市場に食堂があるのではと期待する。
が、今日は土曜日、市場にはすでに誰もいなかった。
当然、食堂も仕事を終えている様子。
魚市場の「斉藤食堂」旨そうな店構えだったけどな。


で、結局、観光客用の海鮮加工品のマーケットに併設する食堂で昼食。
セルジオは刺身定食。僕はホッケの焼き魚定食。


午後2時前、牡鹿半島周遊ドライブ。
陽光うららか、とても2月の東北じゃない。


万石浦という大きな入江の縁を走り女川方面へ。
女川は原発のある場所、ここも地震多発地帯、大丈夫か。
女川から道を分けて牡鹿半島先端まで走る。
逆光に光る海を見ながらの岬巡り。


先端に近い鮎川という港町。
意外にも集落が密集している。
寄り添うように…といった風情か。
街道沿いの朽ち果てかけた古い旅館にセルジオが興味を示す。
「栗野旅館」、昔よくあった町の医院のような木造の洋風建築。
かつてこの宿にも栄華の日々があったのだろうか。


牡鹿半島先端部、広い駐車場のある土産物屋はシャッターを閉ざしている。
夏になれば営業する といった様子もない。
明らかに“滅びている”のだ。
国民宿舎コバルト荘、これもホラー映画の幽霊ビルの如く、死んでいる。


高台の展望台から海を眺める。
間近に浮かぶ島は金華山、
よく海難事故のニュースで
「昨夜未明、レベリア船籍のタンカーが宮城県金華山沖20キロの海上で…」
とよく耳にするあの金華山だ。
されど目の前に広がるのは 春のような、のたりのたりの海。


街道筋の酒屋で純米酒の4合瓶を買う。
秋田の太平山のきもと造り無濾過生酒だ。
大阪の蕎麦屋においてある旨い酒だ。


…石巻の宿にチェックイン。
去年の秋に泊まったB&B FUTABA INN です。
居心地のいい宿と美味しい居酒屋があれば旅の99%は成功する。
一泊朝食付きで一人5000円。
ボストン市内にあっても不思議ではない雰囲気の宿。


お目当ての居酒屋に電話すると
土曜日で終日貸し切りだとのこと。
うーん、残念!
(『とりよし』のことです)


前回 宿で紹介してもらった店なので、その一件を話すと、
「六文銭」は行きました? と40代らしい宿のオーナーが言う。
ぜひ、行ってください 魚も天ぷらみたいなものも絶品ですから。
早速、電話して予約する。
こういうダンドリが実は大切なのだよ ということを
僕ら五十になる男は知っている。
若い人は大いに回り道をすれば良い。
おじさんたちには回り道する時間がないのだよ。
ひとつバスを乗り遅れたら、それだけでダメージなのだよ。
選択肢が限られるのは実は悪いことばかりでもない。
その分、話が早い というものだ。


飲む前に銭湯へ行く。
これも事前に調べてある。
もちろん営業しているかどうかも電話で確かめてある。
宿の主人に、その前に「鶴の湯」に行ってきます と言うと、
お、最高ですね、いいですよ鶴の湯 何もかもレトロで。


5時過ぎ、北上川の岸辺を散歩する。
マガモが群れを成して川岸を歩いている。
有名な北上川はここ石巻から太平洋に清流を注ぐ。
河口に中の島があって古い映画館が建っている。
「武士の一分」と「愛ルケ」がかかっている。


  匂いやさしい 白百合の
  濡れているよな あの瞳
  想い出すのは 想い出すのは
  北上河原の 月の夜


名曲「北上夜曲」を歌いながら歩く。


セルジオが志賀直哉の生家に寄りたいと言う。
宿から100メートルほどの場所。
なーんにも残ってないですよ と宿の主人が言った通り、何もない。
市の観光案内が、このあたりですよ と示しているだけ。


その近くにほとんど朽ち果てた木造建築がある。
石巻の商人の家で、案内板に寄ると土方歳三らが滞在したという。
2階の一間にしばらく身を隠していたらしい。
戦災に遭わないまま、古い木造の家はその寿命を終えようとしている。
ほど近い古い小さなお寺の境内に入る。
土方はこの寺を参ったのだろうか。
少し歩くと医院の看板を掲げてひっそりと暗い洋風の屋敷がある。
医者の先生が亡くなったのだろうか、
その医院もその命を終え滅びていた。


思えば、人も時代も“滅びる”のが必然。 
子供の頃、永遠に続くと思っていた生まれ故郷の商店街もすでに滅びている。
僕はセルジオに言う。
オレ達も滅びるのだろうな と。


歴史の時間に「鎌倉幕府が滅びる」なんて習った。
「サラセン帝国 滅亡」なんてのも習ったはずだ。
滅びる とは歴史上の出来事、自分から遙かに遠いコトとして習った。


いつの日か衰亡しこの世から忘れ去られる。
どうせ、みんないなくなっちゃう のだ。
滅びにも美学がある。
エレガントに没落しよう。


思えば、最近は滅びかけた街に惹かれる。
遠洋漁業の宮古、産業都市の北九州、味わいがある。
門司の巨大煉瓦建築などは最たるものだ。
かつてビール職人や下働き工員で活気あふれた世界が今は廃墟となっていた。


ランズデール『ダークライン』という小説の主人公が言う。


『歳をとるにつれて…いや、正直に言えばまだ50代後半なのでたいした歳でもないのだが、
          それでも過去の方が、現在よりも大切に感じられるようになった。』


目黒考二がこう書いている。


『それはけっして後悔ではない。
 どういうわけか、過去の方が現在よりも大切なものになっているだけだ。
 最初にそう思うようになったのは四十代の後半で、
 当初はひたすら戸惑っていたが、今ではすっかりなれてしまい、
 事あるごとに過ぎ去った日々をただ思い返しているのである。』


僕もまた同感である。


「鶴の湯」はレトロな銭湯。
80歳はいっている婆さんが番台に座っていた。
ロッカーは無く藤の脱衣カゴと棚があるだけ。
湯は銭湯らしく正しく熱い。
浴場はおそろしく天井が高い。


とっぷりと日が暮れていた。
湯上がりに夜気が冷たい。


居酒屋「六文銭」は入り組んだ路地裏にあった。
決して立地は良くない。
だけど評判を呼ぶだけの価値はある店だった。


カウンターに座って約2時間、大満足。
三陸の幸に、何度か感動しつつ酒を飲んだ。
宿の主人の紹介は間違いなかった。


酒は石巻の地酒「日高見」と「一の蔵」の熱燗2合。
くじらの刺身と竜田揚げ、 絶品のグリーンアスパラの天ぷら、
剣いか造り、めひかり唐揚げ、穴子の白焼きに雲丹醤油、最後は熱々のおにぎり。
うん、滅びかけていることは悪くない。


セルジオの鼾を子守歌に眠りに就く。

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石巻から鳴子温泉へ 2007.2.18

      

冬の三陸、石巻は雨の朝。
ついさっきまでイビキをかいていたセルジオが学者のような顔で窓辺に坐っている。
備え付けのポットで珈琲を煎れている。
香ばしい珈琲の香りがまどろみの中に流れてくる。


朝食はトーストに珈琲、スクランブルエッグにソーセージ、
ヨーグルトとオレンジジュースの定番メニュー。
フロント横の小さなチャペルのような空間、明るい清潔な食堂だ。
学生時代にヨーロッパを旅した時、ユースホステルが常宿だった。
イギリスやアイルランドの古いユースの食堂は大聖堂や体育館のようだった。


雨も上がった8時半頃に出発。
北上川に沿って遡るようにラクティスは走る。
幾度も右岸と左岸を行き来する。


映画のセットのような街並みを通る。
武家屋敷や明治時代の木造の洋風建築に石畳。
車を停めて少し歩こう。


白壁に囲まれた武家屋敷に入る。
立派な茅葺き屋根に質素な庭。
紀州からこの地に移り住んだ武士の屋敷らしい。


水沢県の県庁であった洋風建築。
岩手南部と宮城北部はかつて一つの自治体だったらしい。
どういう経緯で今の区分になったのか。


立派な造りの観光案内所に入る。
ここは登米町と言う。登米と書いて「とよま」と読む。
「みやぎの明治村」と書かれたポスターがある。


案内所の隣に昔の登米小学校がある。
そのままで映画が撮れそうな木造建築は一見の価値あり。
滅び去った世界はここで見世物として余生を過ごしている。


…11時過ぎ、今日の目的地のひとつ「伊豆沼」に到着。
ここは渡り鳥の飛来地として有名、ラムサール条約の指定地でもある。
湖岸にオオハクチョウやカモが群れている。
何組かの子供連れと中高年の夫婦連れがエサをやっている。
お目当ての雁、マガンは一羽もいない。


サンクチュアリーセンターに入る。
スコープで向こう岸を見るがマガンの姿がない。
伊豆沼は空を埋め尽くすようなマガンの写真で知ったのに。
水面からいっせいに飛び立つのは夜明けだと言う。
感動させてくれる風景はそんな簡単には手に入らないものです。


それにしても沼の周辺にほとんど雪が無い。
これが冬の東北なのだろうか。


…昼過ぎに鳴子温泉に到着。
この辺りまで来ると雪はあるが実にしょぼい。
無料駐車場に車を停めて共同浴場の「滝の湯」へ。
硫黄臭のある硫化水素泉とぬるめの明礬泉の二種類ある。
雰囲気のある木造の湯小屋だが、太った子供が騒いでてちょっと鬱陶しい。
入浴料150円はいいね。


…2時前、中山平の鳴子ラドン温泉に投宿。
隣接の湯治場「東蛇の湯」の露天風呂に入る。
緑色のぬるぬるしたお湯が効きそう。
うらうらとした陽ざしに青空、気持ちいい。


部屋に帰りテレビでラグビー観戦。
秩父宮では東芝がヤマハに圧勝、
花園では清宮サントリーがトヨタに完敗。
うーん、MSカップ決勝での逆転負けからモチベーションが上がっていなかったか。
眼鏡堂店主は両チームの「情熱の総量」が違ったと評した。
そうなのだろうなと思う。
トヨタがサントリーと戦う理由>サントリーがトヨタと戦う理由 ということ。
もちろんサントリーとしてはその先に東芝と戦う理由はあるのだが。
そこが甘さ、そこを突かれた。
トヨタのアイイ、谷口、菊谷、遠藤らは凄かった。


…5時半過ぎに佐々木さんが到着。
仙台での表彰式帰りでスーツ姿だった。
カラオケショーで騒がしい宴会場でそそくさと夕食。
部屋に帰ってじっくりと飲み始める。


佐々木さん持参の酒は「一の蔵 特別純米酒 大和伝」の一升瓶。
畳にあぐらをかいて男五十の酒盛りである。
セルジオは農業機械のクボタの仕事を年間通して請け負っている。
米作りやコンバインやトラクターに詳しい。
佐々木さんも専業農家になる前はクボタの関連会社に勤めていた。
二人は農業関係の話、僕と佐々木さんとは野球とラグビーの話。
夜が更けるほどに盛り上がる。
僕らが持参の石巻の「墨廼江 純米」(すみのえ)4合瓶も空いてしまう。


昨日、牡鹿半島へ行った という話をする。
先端の町 鮎川は全国有数の捕鯨の町。
佐々木さんによると、
70年代に全国から捕鯨をしたいという若者が集まり
鮎川に移り住んだのだと言う。
その人たちもエエ年寄りになっているだろうな とのこと。
通り過ぎた町にもドラマがある。