2011/7/10 ペシミストの夏

村上春樹の新刊エッセイを楽しく読んでいる。
泊まった外国の定宿で赤ワインのボトルを1本プレゼントされた話が出てくる。
村上氏は開栓しようとして手が滑り中身をこぼしてしまう。
あろうことか部屋のカーペットは真っ白だったらしい。


それで思い出した。
金曜日の夜、僕も赤ワインの入ったグラスを倒してしまった。
スプラッシュが椅子に置いてあったA部さんのバッグにふりかかった。
高そうなバッグだった。
ヒロにいつも言われている。
あなた(僕)の失敗はたいてい自分が思っているより重大だ、と。
帰り道、心が折れそうになる。
折れてもワインのしみは落ちない。


七夕過ぎたらすんなり梅雨明け。
気持ちのいい夏空が続いている。
青い空、白い雲、木漏れ日、頬をくすぐる南風…。

例年ならまだじめじめした雨季だというのに。
ホントにいいのだろうか?
不安になる。
こんな幸福は続かない 。
きっとよくないことがある。
台風が毎週のように上陸する。
ゲリラ豪雨と竜巻が半端なく頻繁に来る。
8月にふたたび梅雨前線が南下してくる。
悪いことが起こるに違いない。
悲観的になり、ふと思い直す。
あ、もう起こってたか…。


今日、釜石や石巻猛暑日になった。
もうやめてあげて!
誰かが叫んでいる。


村上春樹の新刊エッセイを楽しく読んでいる。
「究極のジョギングコース」という一編があった。
かつて村上氏が究極のトートバッグをWEBエッセイで紹介したことがある。
メイン州のケネバンクポートにある小さな帆布グッズのお店で作っているトートバッグ。
僕は2005年の秋、その小さな海辺の街へ行き世界一のトートバッグを手に入れた。
お店の人と村上春樹の話をしたりとても楽しい体験だった。
「究極のジョギングコース」はオレゴン州ユージーンのナイキ本社にある。
ウッドチップを敷き詰めた自然の森を巡る素敵なコースらしい。
村上さんは。そのユージーンのコースを別にすれば、としてこう書いている。


   僕が最も好きなジョギングコースは、京都の鴨川沿いの道だ。
   京都へ行くたびに、朝の早い時間そこを走っている。
   定宿のある御池のあたりから、上賀茂まで走って帰ってくる。
   それでだいたい10キロ。
   そのあいだにくぐり抜ける橋の名前もすべて覚えてしまった。
   そこかの女子校の朝練の女の子たちが、すれ違うときに大声で僕に
   「おはよざいまーす」と声をかける。
   そういうときには、人生も世界もまあそんなに悪くないかなと思う。


確かに御池あたりから北、出町柳を過ぎて上賀茂へ続く川沿いの道はいい。
自転車では何度か走ったが、早朝の涼しい時間のジョギングは最高だろう。
おそらく御池あたりの定宿とは京都ホテルだろう。
もう少し涼しくなったら、そのためだけに京都ホテルに泊まってもいい。
いや、(予算を考えると)トラベラーズインからでも十分かな、と思う。
前夜に飲み過ぎないようにして朝6時前くらいから走る。
映画『マザーウォーター』ではないが早朝の京都はいろんな発見があるに違いない。

と、書いて、はて?と思う。
僕にとって「究極のジョギングコース」はどこだろう。
国内外で記憶のアーカイブから呼び出してみよう。
やっぱり、あそこだよな。
国内なら…、海外なら…。
また写真とともに紹介させて下さい。


…今日は一週間ぶりのニュースデスク。
陸上、テニス、卓球を一ネタずつ。
野球、サッカー以外のスポーツが関西に集中していた。


スカイAで2003年夏の東北高校vs平安高校を放送する。
細いダルビッシュがマウンドでちょっと自信なさげな様子。
センターカメラの映像にラガーおじさんの姿が見えない。


続いてスカイAを見ていると『探偵ナイトスクープ』の再放送が流れる。
ケンケンという名前の老犬の物語に泣きそうになる。
WEBページから引く。


  『愛犬を、生き別れた元の飼い主に会わせたい』探偵/長原成樹 兵庫県の男性(46)から。
  1995年の阪神淡路大震災のあと、
  神戸市北区の動物保護センターで保護されていた震災犬を引き取った。
  ケンケンという名前の雑種のオスで、被災された元飼い主さんが仮設住宅に住むために
  手放したと思われる。震災の日、私は妻と北海道に出かけていて、
  あの揺れを体験していないが、同じ神戸市民として何か手助けがしたくて、
  ケンケンを引き取った。ケンケンが来て家がにぎやかになった。
  16年が過ぎ、かなり高齢になったケンケンが元気なうちに、
  元の飼い主さんに会わせてあげたい。
  ケンケンにいっぱい幸せをもらったので、お礼を言いたいというもの。


ケンケンはそこら中でよく見かける白い柴犬と何かの雑種。
足腰が弱くなってすぐにおしっこを漏らす。
老犬が一所懸命生きているのを見るだけで涙が出るというのに…。
笑いながら泣きました。


村上春樹のエッセイと同時に読み出した吉村昭『海も暮れきる』が止まらない。
自分勝手で酒乱、どうしようもない俳人 尾崎方哉が死に場所を求めて小豆島へやってくる。
吉村昭が筆がいいのだろう。
空しくて、悲しくて、情けなくて、それでも読みたいと思わせる。
小豆島の海の見える庵で詠む。


    咳をしてもひとり


方哉を写し鑑に自分(僕)のいまを改めて見直してしまう。
どーなんだ、おまえは。
もちろん結論は出てこない。