2011/12/5 八重山だより

石垣島のミネーロがFBに写真をアップした。
コメントは「台風でもないのに、全便欠航を知らせる時刻表が哀しい。」だ
なにごとか? と思った。


そのこころは…。
すぐに記事が船の写真とともにアップされた。
こういうことだった。


  「波照間海運 営業休止へ」燃油代高騰と国の補助が絶たれたためと新聞に載っていた。
   これまで波照間島へは波照間海運一社の運行だったが、不定期便を走らせてた
   安栄観光が定期便を出したため補助が下りなくなったというのだ。
   こういうのも経済でいうところの競争になるのだろうか。
   僕にはわからない。道が繋がってない国土。
   八重山に限ったことではないだろうが。
   中央にとっては、取るに足りない話なのだろうか。
   コーラルグリーンの海を滑走する「ぱいぱてぃろーま号」は桟橋に碇泊のままだ。
   — 石垣島離島ターミナルにいます。


八重山毎日新聞の記事のリンクが貼ってあった。
http://www.y-mainichi.co.jp/news/18842/
詳しい事情はわからない。
いろんな疑問が沸く。
どんな経済力学が働いたのか?
単なる二社の競争なのか。
大手の安栄観光が今になって参入したのはどういうカラクリなのだろう。
ここにも規制緩和の動きが絡んでいるのかな。
波照間海運は波照間島の地元資本なのだろうか。
「ぱいぱてぃろーま号」は去年就航した新しい船だ。
島への交通は安栄観光の定期便で足りるのだろうか。
波照間海運は大きさの違うフェリー2隻、一日3便のものと週3便のもの、
それと高速艇(週3便)が運行していた。
安栄観光が波照間航路に使っているのはフェリー1隻(一日3便)のみだ。
加えて燃料費が高騰したとある。
今、記録的な円高のはずでは?。
素人予測だけど少しは石油価格が下がってもいいのにな。
この出来事にはどんな背景があるのか?
ミネーロのひとつの発信で次々と疑問が沸いてくる。


この八重山から発信されたFBの近況からいくつかのブログ記事を思い出した。
おなじみ内田樹さんが『内田樹の研究室』でこんなことを書いていた。
一ヶ月前にアップされた「地方紙の存在意義について」というエントリー。
http://blog.tatsuru.com/2011/10/29_0940.php
アメリカでは経営不振で地方紙が次々と消滅し2万人の新聞記者が職を失った。
するとどうなるか?
内田先生が書いている。(退職されたのでもう先生ではないが)


   新聞記者が減ったこと、地方紙がなくなったことで何が起きたか。
   地方紙をもたないエリアでは、自分の住んでいる街のできごとについての
   報道がなくなった。
   「小さな街の役所や議会、学校や地裁に記者が取材に行かなくなった」
   「取材空白域」が発生したのである。


   カリフォルニアの小さな街ベルでは、地元紙が1998年に休刊になり、
   地元のできごとを報道するメディアがなくなった。
   すると、市の行政官は500万円だった年間給与を十数年かけて
   段階的に12倍の6400万円まで引き上げた。
   議会の了承も得、ほかの公務員もお手盛りで給与を増やしていた。
   でも住民はそのことを知らなかった。
   十数年間、市議会にも市議選にも新聞記者がひとりも行かなかったからである。
   「地方紙記者の初任給は年間400万円ほど。もし住民が総意でその額を調達し、
   記者をひとり雇っていれば、十何億円もの税金を失うことはなかった」
   もうひとつの影響は地方選挙の報道がなくなったこと。
   地元紙が選挙報道をしない地域では、候補者が減り、投票率が低下する。
   候補者の実績について、政策内容について有権者に情報が与えられないので、
   選択基準がない。
   結果的に現職有利、新人不利の傾向となり、政治システムが停滞する。


役人は監視の目がないと好き勝手をする、というのは世界共通のようだ。
アメリカの例とは逆の意味で(センセーショナルでない地道な)震災報道も欠かせない。
阪神大震災のときも思った。
報道が途絶えると被災者は見捨てたられたような気分になる。
内田先生の記事はアメリカの調査報告書を引用してこう続く。


  もちろんネットはある。けれども、ネットの情報の多くは
  すでに新聞やテレビが報道したニュースについてのものである。
  「ネットは、新聞やテレビが報じたニュースを高速ですくって
  世界に広める力は抜群だが、坑内にもぐることはしない。
  新聞記者がコツコツと採掘する作業を止めたら、
  ニュースは埋もれたままで終わってしまう」


そうだよな、と思う。
坑内にもぐる作業、か。
多少の危険はともないうのだろうな。
ネットだけじゃなくて一時代前はテレビ、ラジオも同様に広める
僕らテレビに関わる人間にとっては今さらながらだが痛いところをつかれた思い。
もちろんネットでもテレビでも坑内にもぐって鉱石を獲ってくる人もいる。
でも、いわゆるコンテンツは8割くらいが二次情報ではないだろうか。
内田氏は全米調査の結果についてインタビューされた分析官の話を書いている。


  彼はビジネスモデルとしての民間新聞はもう保たないだろうと見通した上で、
  それに代わるものとして住民からの寄付を財源とする
  「NPOとしての報道専門組織を各地で立ち上げる」ことを提唱している。
  「教師や議員、警察官や消防士がどの街にも必要なように、記者も欠かせない」。
  (中略)
  メディアにきわだった知性や批評性を求める人が多いが、私はそれはおかしいと思う。
  
  警察官や消防士にきわだった身体能力や推理能力や防災能力を
  求めるのがおかしいのと同じである。
  地域の治安や防災はもともと、その地域のフルメンバーであれば
  「誰でもが負担しなければならなかった、町内の仕事」であった。
  誰もが均等に負担すべき仕事であったということは、
  「誰でもできる仕事」でなければならないということである。


八重山発の波照間航路のニュースを知って内田氏のこのブログ記事を思い出した。
もうひとつ思い出したのが地方紙の記者が独自にネットに発信している例。
蒔田備憲という若い記者の「ノートの端っこ」というコラム。
http://watashinofukushi.com/?p=1950
こういう記事や、「ほぼ日」の『福島の特別な夏』を読むと心に響く。
http://www.1101.com/fukushima/
僕も仕事にならなくても(金にならなくても)、坑内にもぐる作業をしなきゃ、と思う。
地方紙の記者のような仕事、60になっても出来るかもしれない。


波照間航路の話からはズレてしまいましたが、
以上、ミネーロの「八重山だより」から考えたことでした。



…今日からニュースデスク3連投。
デスク業務というよりほとんど午後は打合せに費やす。
A部さんと駅前第二ビル地下の『山長梅田』で立ち飲み。
店のおばちゃんオススメの鯖味噌と信州の地酒『帰山』の純米吟醸にごり。


…仙台の叔母から届いた気仙沼パン工房の『クリームサンド』。
通販用のパンじゃないので賞味期限は明日、すぐに食べなきゃ。