2011/12/17 『オリンピックの身代金』を読みながら思い出された感情

  


奥田英朗『オリンピックの身代金』をようやく読了。
久々に読んだエンターテイメント系の長編を堪能した。
クライムサスペンスとしても、警察小説としても質が高い。
定番の刑事部と公安部との手柄争いの諍いも読み応えがある。
今年ベストワンだ、と書いて、ふと1年を振り返る。
最近、小説というものを読んでない。
吉田修一横道世之介』に始まり読んだ小説は数えるほど。
高田郁の『銀二貫』や澪つくし料理帖シリーズが2作。
吉村昭『海も暮れきる』、三浦しをん神去なあなあ日常』、佐藤友哉デンデラ』…。
情けないことにこれくらいかも。
ノンフィクションやエッセイ、新書系はもう少し多いけど似たようなものだ。
ズシンとくる長編エンタテイメントは去年の『終わらざる夏』(浅田次郎)まで遡る。
加えて読むのが遅い。
『オリンピックの身代金』も上巻下巻で一ヶ月くらいかかっている。(!)
エンタ系にこんなに時間をかけては物語のリズムやスピード感もあったものじゃない。
臨場感も半減だろう。
にもかかわらず『オリンピックの身代金』は面白かった。
普段はスポーツ系脱力エッセイで笑わせてくれる奥田先生、シリアス路線もやりますな。
面白さを半減させたのは僕のせいです。


問題は可処分時間を読書に充ててないからだと思う。
たとえば通勤電車の20分、往復40分、待ち時間を合わせて60分。
これで100頁くらいは読める。
iPhoneiPadで細切れに何かを読んで過ごすことが多い。
そして、細切れの時間の使い方が日常化すると集中力も細切れになる。
本を読んでも3頁くらいでブレイクを入れてしまう。
息がもたない。
小説が楽しめない。
何とかせねば、と思う。


『オリンピックの身代金』
amazonのBookデータベースの紹介はこうある。


   昭和39年夏、東京はアジア初のオリンピック開催を目前に控えて熱狂に包まれていた。
   そんな中、警察幹部宅と警察学校を狙った連続爆破事件が発生。
   前後して、五輪開催を妨害するとの脅迫状が届く。
   敗戦国から一等国に駆け上がろうとする国家の名誉と警察の威信をかけた大捜査が極秘のうちに進められ、
   わずかな手掛かりから捜査線上に一人の容疑者が浮かぶ。
圧倒的スケールと緻密なディテールで描く犯罪サスペンス大作。


琴線に触れることが多い小説だった。
読みながら何度も思うところをメモした。
おそらく著者が意図しているように、僕も犯人である島崎に感情移入して読み続けた。


1964年、まだ先進国と呼ばれていなかった頃の日本。
中進国から先進国へ、その仲間入りをするために犠牲となったものを小説は思い出させる。
アジア初のオリンピック、祝福を独り占めする東京。
東北は今の出稼ぎ外国人と同様、同じ日本人でありながら安価な労働力の供給源だった。
秋田から出稼ぎに出ていた兄を亡くした東大生の島崎は過酷な飯場での仕事を経験する。


「いったいオリンピックの開催が決まってから、東京でどれだけの人夫が死んだのか。
 ビルの建設現場で、橋や道路の工事で、次々と犠牲者を出していった。
 新幹線の工事を入れれば数百人に上るだろう。
 それは東京を近代都市として取り繕うための、地方が差し出した生贄だ」


1964年、当時を思い起こす。
僕は小一だった。
我が家も決して豊かではなかったが周りにはもっと貧しい家庭がザラにあった。
友達の家に遊びに行くと6畳一間に家族3人が暮らしていることも珍しくはなかった。
反面、同じクラスには庭の池に鯉が泳ぐ広いお屋敷に住む友達もいた。
むき出しの貧富の差があり大人たちはそれを当たり前のように受けて入れている。
子供の目にはそう見えた。


1970年代、大学生の僕は岐阜の大垣で住み込みのバイトをした。
学生は僕だけで周りは九州や四国から出稼ぎに来ていたおじさんたちだった。
仕事は紡績工場の機械の修理と点検。
毎日、朝から晩まで油まみれになった。
朝起きて、工場へ行って、一日中働いて、クタクタになって寝床に入る。
出稼ぎの男たちや、紡績工場で働く若い女工たちと同じ生活だった。
傲慢にも僕は思った。
「こんな家畜のような生活はしたくない」と。


生まれ育った街は大垣と同じように大小の工場がある工業都市だった。
住民の大半はそこで働く労働者だ。
街は労働者階級の匂いに満ちていた。
不遜にも思った。
「こんな街には二度と帰らないぞ」と。
自分は大学を出て、工場労働なんかとは無縁な仕事をするのだ。
イーグルスやドゥービー・ブラザースの軽やかで自由な音楽を聴きながら、
海外旅行の資金を貯めるべく単純な労働者生活に耐えた。
同時に、自分の故郷の機械油の匂いを、文化度の低さを、酒に酔う労働者を嫌い蔑んだ。
愚かで放漫な思いこみ、口には出さなかったけれど本音はそうだった。
僕らを雇っていた大垣の中小企業の専務は30代の跡取り息子で大卒だった。
彼はときどき僕を食事に連れて行ってくれた。
学生の僕をこっち側の人間として扱い出稼ぎのおじさんたちと区別して話した。
あの人たちは、あいつらは、という言い方を何度も聞いた。
同じ側の人間として扱われていたのにもかかわらず、どこか憤りを感じた。
おまえはどっちなんだ?
モラトリアムという言葉も知らなかった。
僕には社会に対して何の覚悟も出来ていなかったのだ。
ある夜、仕事終わりで出稼ぎのおじさんたちは連れだって飲みに出かけた。
おじさんたちと距離をおいていた僕は誘われず部屋でテレビを見ていた。
一人のおじさんが戻ってきた。
部屋の靴脱ぎ場で僕を呼んだ。
ミヤタさんという40代の男だった。
なんか食べてよ、と僕に千円札を3枚渡してすぐに出て行った。
不意に涙が出た。
理由はわからない。
誰もいないのを幸いに思いっきり泣いた。
淋しかったのかもしれない。
後ろめたかったのかもしれない。
若い頃は理由もなく泣くことがあった。
その時、ラジカセでJ.D.サウザーの『ユア オンリー ロンリー』が流れていた。
今もこの曲を聴くと殺風景な工場の2階を思い出す。
同時に、若い頃の自分はなんて中途半端で嫌なヤツだったんだろう、と自己嫌悪が増す。


話が『オリンピックの身代金』から大きく逸れた。
富める人々と貧しき人々、中央と地方、どうしようもない出自の違い。
それが物語のベースにある。
本で読んだ表現だが、生まれた時からサードベースに立っているような人がいる。
あるいは、後続に5分以上の差をつけてタスキを渡される人もいる。
反対に2アウト ランナー無しから始まる人生もある。
そんな不利な条件からでもまれに逆転することもある。
若い頃の僕は出自を呪ったことはなかった。
若さゆえ時間はたっぷりあったので焦りはなかったのだ。
のんびりと好きなことをして時間を浪費してしまった。
悔いはないけど。
もう若い頃のように残り時間がない。
出自を呪う気持ちは今の方が強いかも知れない。


これは読後感想ではないね。
WEBにはちゃんとしたレビューが載ってるからそっちを読んでください。
そんなこんなで『オリンピックの身代金』、エンタテイメントの傑作であると同時に、
いろんなことを思い出させ、きりきりと切なく胸を打った。