2012/1/15 映画のごとき人生

朝ちゃんと走る。
5キロの周回コース、ツライわけじゃないけど楽でもない。
フルマラソンを初完走した前後、5年前から3年前くらいまでは楽勝のコースだったのに。
2009年あたりから、トシだから毎日走らなくてもいいのだ、と手綱を緩めてしまった。
水は低きに流れる。
自分の中で規律をもって生きていこうと思う。


Podcastでラジオ日本の『松村邦洋のラジカントロプス2.0』を聞く。
爆笑に次ぐ爆笑、久々に笑いながら走る男になった。
有名人のお宅訪問というシリーズの第二弾です。
ノムさん野村克也)のご自宅をアナウンサーが訪問するという設定。
かなりマニアックだけど、テレビでは受けないネタが満載で楽しい。
ならでは、の日本史ネタ、故事成語がたっぷり練り込まれている。
野球ファン、特にオールド・パリーグファンは必聴だと思う。
僕のお気に入りは南海時代の「鶴岡親分への怨み節」ネタ。
『あの人は長州出身なんですよ。大島というとこにミカン畑がありましてね。
 当時の南海の選手はオフに農作業に借り出されるわけです。
 自主トレと鶴岡さんは言うんですがあんなもんは都合のいい強制労働ですよ』
ボヤく時にノムさんは輝く。
ここで聞けます。
http://media.jorf.co.jp/podcast/radio/120101_macchan_bakusho.mp3
ただ堺雅人はイマイチ似てないと思うんですが…。


キラ☆キラで町山智浩が『戦火の馬』について話す。
スピルバーグ渾身の戦争映画(第一次世界大戦)だ。


映画の流れで町山氏が自分の叔父さんのエピソードを紹介する。
これがまさに戦争に運命を翻弄された馬(失礼!)のような話。
(多少の誇張はありのでしょうが)
叔父さんの両親は朝鮮半島出身、日韓併合で国籍は日本となる。
当時で言う本土(日本)へ移住した。
叔父さんは小中学校は東京、長じて歯科医となった。
太平洋戦争が終わり韓国が独立すると実家が空襲で焼かれた叔父さん一家はソウルへ戻り歯科医となる。
ところが1950年、朝鮮戦争勃発。
ある日、気がつけば北朝鮮の戦車に取り囲こまれていた。
ソウルは占領され叔父さんは捕えられる。
北の軍医となるのを拒否すると北朝鮮に連行され収容所に入る。
ところが、国連軍が上陸、収容所の兵士らは逃げだしていた。
自力で収容所を脱出し、命からがら南へ戻ると北から越境してきた人間として韓国軍に捕まる。
韓国・国連軍の収容所送り。
やがて南側の軍医として朝鮮戦争に従軍する。
ある日、英語の出来る者が選抜され米軍の軍医となるべくアメリカ本土へ送られる。
歴史に、国に、戦争に翻弄された半生だった。
映画『太白山脈』で当時の半島の過酷な歴史は知っていたが…まさしく映画のような人生。
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20120113_machiyama_kora.mp3



…昼からデスク勤務、今日からデスク3連投、週末は肘のトミージョン手術。
OA分岐で都道府県対抗女子駅伝(通称 京都駅伝)をしっかりとチェックする。
駅伝のセオリー“先手必勝”を改めて思い知らされた展開で大阪が19年ぶりに優勝。
1区で木崎が抜け出し、3区の中学生 高松望ムセンビが突き放した。
大阪薫英中学3年、「わたしのお父ちゃん、ケニア人やねん」
とは言わなかったが、伸びやかな快走が印象に残った。


個人的に注目していたランナーは明暗を分けた。
兵庫の2区小林祐梨子は40位でタスキをもらい、ごぼう抜きか!と思ったが失速。
4人しか抜けなかった。(4人しか、というのも酷だが)
大阪を追走する本命京都のアンカー西原加純の走りもいつもより重かった。
美人ランナー、奈良のアンカー小島一恵、岩手の那須川瑞穂も順位が悪く精彩を欠いた。
逆に快調だったのは千葉のアンカー新谷仁美、スパートして4人抜き。
4区、区間賞の竹中理沙(立命大)と群馬の絹川愛は評判通り速かった。
でも、二人ともほとんどOAには写らなかった。


うれしい発見は愛知1区の鈴木亜由子(名古屋大)という選手。
中学時代から愛知代表として出場していたらしいが名古屋大学は珍しい。
彼女はインカレの5000で竹中理沙に勝って優勝している!
(写真中央が鈴木、左が竹中)
  
1区で先頭グループを引っ張りながら最後は木崎にスパートを許したが攻めの走り。
20歳、端正なランニングフォームは見ていて気持ちがいい。
凛とした雰囲気を持ったランナーだった。
目を惹くような美人で鼻はないけれど惹かれる選手っていますよね。
たたずまいがいい人。
プロフィールを調べると鈴木亜由子は豊橋の名門 時習館高校卒業。
地元陸上クラブで頭角をあらわし、中学、高校で注目され強豪の大学から誘われたが、
自主性を重んじた練習環境に惹かれ地元の名古屋大学経済学部へ入学した。
(って簡単に受かる大学じゃないと思いますが)
時習館出身と聞いて即座に箱根の5区を走った早稲田の山本選手を思い出した。
彼は一浪だから鈴木亜由子と山本は同級生、当然同じ陸上部だっただろう。
山本も凛としたところがある選手だった。
お互い刺激を受けていたんだろうなと想像する。


京都の高校生、久馬姉妹を2年ぶりに見た。
府立綾部高校3年、揃って筑波大へ進学するらしい。
中3当時のツインズ。
二人とも背が伸びて美しくなってました。
    


中3の時の衝撃のデビューが今も目に焼きついている。
今日走った高松望ムセンビも姉妹の比じゃなかった。
キロ2分58秒!
中学生で高校生区間の区間記録を塗り替えたのだ。
記録もそうだが走りっぷりが半端なかった。
NHKの実況アナも解説者も呆気にとられていた。
2009年1月11日、当日のぷよねこ日記はこう記している。


   3区は中学生区間(3キロ)
   京都の中3、久馬悠(きゅうま はるか)が走った。
   小林祐梨子のフォームといっしょだ、とヒロが言う。
   綾部中学3年、15歳。
   ポニーテールが揺れる。
   すらりとした手足がしなやかにアスファルトを駆ける。
   身長145センチだが、実際にはもっと大きく見える。
   中学生の中でこれまた次元がひとつ違う。
   3000メートルの記録が9分12秒の記録を持つ。
   解説の高橋尚子が、わたしこんなタイムで走ったこと一度もありません、と驚嘆する。
   ましてや中学生。
   実況アナがプロフィールを紹介する。
   双子の姉だという。
   妹が8区を走る。


   8区、双子の妹 久馬萌(きゅうま もえ)が2位でタスキをもらう。
   いきなり全力疾走、前を走る岡山をぶち抜いてトップに立つ。
   子供が駆けっこしている。
   え? 3キロあるんだよ、もえちゃん、大丈夫?
   最初からラストスパートみたいな走り。
   トップに出たらペースを緩めるのかなと思ったら、
   実況アナが姉とは対照的なフォーム、これが萌の特徴です、と言う。
   最初の1キロを2分58秒!
   中学生の女の子だろ。


   移動車解説の金さんが言う。
   「いや、最後までこんな走りは出来ませんよ」
   驚きと心配が入り交じった様子。
   しなやかなピッチ走法の姉とはまったく違う走り。
   思いっきり手を振って大きなストライドで強引に進む。
   子供の駆けっこ。
   野口みずきラドクリフをミックスさせたような走り。
   ラスト1キロは登り、さすがにピッチは落ちたが区間新。
   高校生の記録を更新してしまった。
   久馬姉妹、とにかく価値破壊的な走りでした。


3年前のシスターズ。
一度、ご覧下さい。
とにかく笑っちゃうくらい凄いです。
http://www.youtube.com/watch?v=lgSl7J3_EBc



凄いと言えば…。
同じ2009年1月の日記に増田明美のことが書いてある。
その当時、読売新聞で彼女の半生記を連載していたのかな。
スーパー女子高生!
いま、こんな高校生ランナーがいたら、と想像するも、いるはずないよなと思い直す。
それくらいケタ外れ。


   今朝の読売新聞の『長距離の系譜』を読んで驚いた。
   増田明美、現解説者の増田は高校生の時に6つの日本記録を塗り替えた。
   トラックの3000m、5000m、10000m、ロードの10キロ、20キロ、30キロにフルマラソン
   高校3年の年にこの6種目を1年の間に更新したのだ。
   これって凄くないですか?
   1982年だから今ほど女子長距離も盛んでないし、記録のレベルも高くないにしろ、だ。
   高校生でフルマラソンの日本最高記録だよ。
   今なら大スターですよね。(ルックスがあまりに地味だけど)
   それと凄いエピソードが載っている。
   貧血気味で高1の時にマネージャーになれ、と言われた増田は反骨精神で頑張った。
   その秘密特訓が、駅から学校までの1500メートルを全力疾走すること。
   もちろん制服を着て教科書の入った鞄を手に走った。
   最後にはその服装で1500メートル4分50秒だったという。
   制服のまま、鞄を持って、駅まで全力疾走する女子高生!
   冷静で思慮深い解説ぶりからは信じられないけど。


amazon古本市場で注文した文庫が届く。
吉川潮『江戸っ子だってねえ〜浪曲師広澤虎造一代〜』
読み始めたら面白くて止まらない。
広澤という屋号は元々は大阪のものだったということを初めて知る。

江戸っ子だってねえ―浪曲師広沢虎造一代 (新潮文庫)

江戸っ子だってねえ―浪曲師広沢虎造一代 (新潮文庫)