2012/7/4 涙 枯れても… 。

大ざっぱに言うと花粉症なのだが、毎年、冬場になると目が痒くなってたまらない。
かゆいと目をゴシゴシこする。
いいわけがない。
バイ菌が入る。
炎症を起こす。
その繰り返しだった。
去年の暮れに眼科へ行った。
近所で評判のいい眼科クリニック。
診断はドライアイだった。
涙を分泌する腺が詰まっている。
そのため自力で涙の膜が出来ないので花粉やホコリが直接眼球にふれて炎症を起こす。
涙はバリヤーだったのだ。
涙と同じ成分の目薬を処方してもらった。
毎日、いつでも、どこでも、何度でもさして下さい、とのこと。
薬ではないので保険が効かない。
でも、うすい食塩水みたいなものなので一本20円と安い。
効果は絶大だった。
以来、花粉症で目がかゆくなることはなかった。
http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20111213/1323702843


めでたしめでたし。
涙成分の目薬は市販もされている。
参天製薬の人工涙液型点眼剤「ソフトサンティア」だ。
使い切りの4本が入って600円ほどで買える。
一週間に1本使うので月600円だ。
他の目薬のように、というか目薬ではないので刺激はない。
乾いた眼球が潤って気持ちがいい。
めでたしめでたし。
     


でも、いいのだろうか。
僕はこの点眼剤の依存症になってるんじゃないか。
自力で涙が出ないんだぞ。
事実、目が乾くとヒリヒリする。
痛いくらいだ。
人工涙液をさすと気持ちいい。
しばらくするとまたヒリヒリする。
今みたいにパソコンやDVDを見ているとすぐに乾く感じがする。
さす回数が増えている。
人工涙液依存症?
ドライアイ、このままでいいんだろうか。
ふと気づいて眼科クリニックを再診することにした。
    

「涙が出るようになる治療はないのでしょうか?」
結論は「ありません」だった。
厳密に言えば涙腺分泌を促す目薬はあるのだが効果は期待出来ないとのこと。
加齢、体質、環境変化など要因は複雑に絡む現代病。
「あなたの場合、通常の分泌がなく涙は枯れてる状態です。」とのこと。
医師によると悲しいときの涙は別なので出るという。
それは確かだ。
ここ数ヶ月、何度か泣いた。
でも、通常時のうるうるがない。
人工涙液に頼るしかないのだそうだ。
別に薬じゃないので害はないらしいが。
そうか。
出ないもんはしゃーない。
3ヶ月分の涙を処方してもらった。
12本で240円、一本あたり20円。
要冷蔵です。
      



ここで一曲。
あの耳毛のヨーダ川内康範 作詞、内山田洋とクールファイブの名曲『逢わずに愛して』、
日本全国すべてのドライアイ患者に捧げます。



   なみだ 枯れても 夢よ 枯れるな


   二度と咲かない 花だけど


   夢の夢のかけらを  せめてせめて心に


   ああ、永遠に散りばめ


   逢わずに愛して いついつまでも


  


洒落のつもりでアップしたけど改めて歌詞にしびれました。
これは泣ける。


…DVD『三文役者』(2000年 新藤兼人 監督)を観た。
昭和の名優であり怪優、 殿山泰司の生涯を描いた傑作だ。
冒頭のシーン、いきなり京都の「フランソア喫茶室」が登場して驚く。
ああ、そういえばこの老舗喫茶の紹介記事で殿山泰司のエピソードを読んだ記憶がある。
あれは太田和彦の「ひとり飲む、京都」だったろうか。
http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20111221/1324399080
  


僕が物心つく頃には名前は知らぬが顔だけは知っているという役者だった。
どんな映画に出てきても憶えてしまう顔だった。
やがて、殿山泰司という名前を覚えると僕の中では記号になった。
禿頭で三白眼でなおかつギョロ目の好色そうなおっさんを見ると、あの殿山泰司っぽい人、という具合。
殿山泰司とか小松方正を見るとなぜか亀頭を思い浮かべてしまう。
ヒヒヒ。


殿山泰司の破天荒な半生を描いている。
演じている竹中直人のしゃべり方がものまねっぽくて最初は違和感があったが慣れた。
冒頭、京都の『フランソア』で女給をしたいた十代のキミエ(荻野目慶子)を猛烈アタック、
二人は東京の赤坂にアパートに住むようになる。
ところが、殿山泰司には内縁の妻アサ子(吉田日出子)がいた。
彼が鎌倉のばばあと呼ぶアサ子はあてつけに自分一人で籍をを入れてしまい勝手に養子をもらう。
キミエも報復手段で兄の子を養子に迎える。
火宅の人どころではない顚末、もうムチャクチャでござりますがな。
思うのだ。
僕の知り合いでも親戚でもヒロの親戚でも昔はこんな破天荒な人がけっこう存在していたのだ。
養子縁組みとか、2号さんとか、一家離散して親戚に預けられるとか。
今は多様化の時代とか、昔に比べて自由になったとか言うが疑問だな。
僕らの世代、そして若い世代の方が均一化して同調圧力が強いような気がする。
例外を認める寛容さ、あるいは鷹揚さに欠けている。窮屈だ。


映画の中には何作も殿山泰司が出演した新藤作品がインサートされる。
有名な『裸の島』以外にも面白そうな映画があってそそられる。
乙羽信子狂言回しのような役回り殿山泰司に話しかける。
「タイちゃん、ええかげんにしいや」てな具合に。
最晩年、殿山泰二とキミエが父の故郷広島の小島を訪ねる。
茶目っ気たっぷりの映画だがこのあたりから鼻がつんとするようなシーンが続く。
僕の涙は枯れてはいなかったことを確認。

一つ、ふむふむと肯いてしまうシーンがあった。
晩年、役者としての出番が少なくなった“三文役者”殿山泰二は一応毎日アパートを出て行く。
その際、近所に聞こえるように、仕事に行ってくるでえ、と二階の窓からのぞくキミエに言う。
僕もときどき仕事のふりをして家を出る。
近所で映画を見て帰ってくることもあるし、銭湯へ行って立ち飲み屋に寄って帰ることもある。
うしろめたい気持ちがこれまた独酌に合うのだ。


殿山泰司が晩年に掻いたエッセイ『JAMJAM日記』は20代の頃、しばらく愛読書だった。
ジャズや映画やミステリーの好きな助平なおっさん。
田中小実昌と混同するがこちらは翻訳家)
本棚から取り出してちょっと読むと止まらない。
登場人物の9割がすでに鬼籍に入った人ばかり。
このエッセイのアナーキーで軽妙洒脱な文体に一時ハマったことがある。
この文庫の巻末に山下洋輔が書いている。


 この殿山文体を下手に真似すると、それこそ手前の低能極悪馬鹿頭があっという間にバクロされることに人は気づかねばならない。
 これは天才ジャズプレーヤーの吹くフレーズと同じであって、他人が真似したら、人にはすぐ分かる。


     


どんな文体かって?
うん、確かにフリージャズだ。
だから、大衆にはわからなくてもいいのだ。
アカンか?
どうでもええわ。
ヒヒヒヒ。