2012/7/22 怒り、哀しみ…だけじゃない。

昼前から夏空がひろがった。
真夏らしい光と影のコントラストと蝉の声。
十三の第七芸術劇場でドキュメンタリー映画『相馬看花(そうまかんか)』を見る。


十三の交差点。むくむくと入道雲が沸く。
十三がトミータウンだなんて、うーむ、なんて言うか、えええっと、…すごくダサい。
 


この映画を見ようと思った理由は二つ。
松林要樹監督の作品であることと南相馬が舞台であること。
3年前に同じ七芸でこの監督の『花と兵隊』を見た。
戦地、そして同時に敵地で終戦を迎え、帰国しなかった兵隊たちのその後を追ったドキュメンタリー。
当時まだ20代だった松林監督がこのテーマを選んだことと映画そのものから受けた衝撃を日記に書いた。
http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20090903/1251904894


そして、嬉しいことにその日記に監督本人からコメントをもらった。
以来、自らDVCAMで撮影し編集するこの若き監督の次回作を楽しみにしていた。
たまたま七芸からのメールで今回の映画を知る。
そうかあ、松林監督は南相馬を記録していたのかあ。



去年の5月、叔母さんの見舞いと佐々木さんの田植え見学を兼ねて僕はセルジオと宮城へ行き、蔵王山麓にある峩々温泉へ立ち寄った。
http://www.gagaonsen.com/index.html
    


内湯につかっていると30代の男性客が入ってきた。
「どこでお金払えばいいんですかね?」と僕に尋ねてきた。
聞けば南相馬で避難所生活をしている人で家族を連れて骨休めにやってきたのだと言う。
テレビや新聞で報じられる範囲のことだが南相馬がどんなことになっているかは知っていた。
そのとき彼と話したことは日記に書かないまま過ぎてしまい、ふと思い出した。
住んでいた家は警戒区域にあったという。
今はどうしてるだろうか。
前置きは長くなったが、そんな縁もあって南相馬のことを知りたいと思い映画を見た。


松林要樹監督『相馬看花(そうまかんか)第一部 奪われた土地の記憶 』@第七芸術劇場
 


客は10人ほどだった。
記録映像は3.11から始まる。
監督が住む東京の三畳間のアパートがグラグラと揺れる。
そして3週間後、救援物資を積んだトラックに便乗して南相馬に入る。
そこで監督は避難所で生活していた田中京子さんという市会議員と出会う。
50代後半くらいの柔和な印象の女性。
(映画のポスター(チラシ)に写っている人だ)
監督の取材生活が始まる。


南相馬
地震津波放射能汚染と強制退去。
人々はそこで淡々と生きている。
ラッシュをつなぎ合わせただけのような加工していない映像が続く。
テレビ番組のような “見せるため、飽きさせないため” の盛り上げる演出は一切無い。
味を整えない原酒、あるいはお米を削らない玄米のような印象。
避難所でいっしょに寝泊まりし、一時帰宅につきそい、長い時間をかけて距離感を縮める。
監督自身も表現していたように田中さんの家族が自分の親戚のように思えてくる。
映画を見ている僕らも福島に親戚がいるような感覚になる。
そして、じわじわと、じわじわと、近しい人にふりかかった理不尽な仕打ちに怒りと哀しみの感情が沸き起こる。
テレビでニュースを見て、事実をデータとして知って感じる怒りとはちょっと違う。
距離感の差、だろうか。
つきあう時間の長さ、だろうか。
南相馬の人のカメラを見る目、だろうか。
映画の中の南相馬の人たちはよく笑う。
ときにぶつけようのない憤りの感情を表すものの、その日常から伝わってくるのはある種のユーモアだ。
逆境を生き抜く日常の知恵。
I like your anger 、だが当事者は anger だけで生きてはいけない。


   


印象的なシーンがある。
田中さんの近所に住む粂(くめ)さんという老夫婦が住んでいる。
ほぼ全員が避難所へ去った村に居残って暮らしていた。
田中さんと一緒に粂さんの家を訪ねる。
二人は炬燵に座っていた。
じいさんが言う。
(相馬弁なので忠実に再現できません。標準語に翻訳します)
「このばあさんが足が悪くて歩けないので残っています」
水も電気もないが何とかやっているらしい。
朝、お天道さまが出たら起きて暗くなれば寝る。
避難所なんかには行きたくないという。
ここで暮らしたいのだ。
「なんも不自由はないが、ただ酒がねえのが辛いなあ」
近所の酒屋も逃げちまったから買えないのだ。
「お酒ですか?」と監督。
かたわらに残り少ないさつま白波の一升瓶がある。
じいさんはそれを抱いて言う。
「好きも好き、これがあれば幸せだ」(みたいなことを相馬弁で言う)
監督が言う。
「今度来るときに持って来ましょうか?」
じいさんの眼が輝く。
いいのか、お酒持って来てくれるのか、ホントか? と喜びを隠そうともしない。
「焼酎がいいですか」
じいさんは饒舌になる。
「いやあ、ホントは日本酒がいいんだが、焼酎の方が安くて長持ちするんでなあ。本当は日本酒が好きなんだ。
 いやいや日本酒があれば嬉しいなあ。ホントにいいんですか、そうですか、持って来てくれるのかい?」
いい笑顔だった。
このシーンを見れただけでも映画を見て良かったと思った。


数ヶ月後、粂さんたちも強制退去になった。
避難所の体育館で暮らすことになる。
松林監督もそこで取材を続けている。
あるとき、被写体であるはずの粂さんが自分のカメラで監督を撮ろうとする。
もちろんデジカメじゃない。
その様子を撮影する監督。
高齢のためカメラの扱いもおぼつかない。
でも、この人の写真を撮りたいと粂さんはカメラを構える。
いいシーンだ。
粂さんにとってニュース取材でバタバタと撮影していく報道クルーとは違うのだ。


南相馬の人とずっといっしょにいるような感覚になる。
何事も無かったかつての暮らしが古い写真に写っている。
とても近しい人が、そして自分たちが、住む家や土地を奪われたような淋しさを感じる。
途中、退屈に思うが、見終わったときにじんわりと伝わってくるものがある。
泣いたあとの快感に近い。


タイトルは『相馬看花』、この監督は花が好きらしい。
前作の『花と兵隊』のエンディングは美しかった。

  




劇場予告編  
    


NHKの「視点論点」で放送されたダイジェストがわかりやすいかも。
http://www.youtube.com/watch?v=nvPcECOjJ8A
でも、コメントに字幕が入っていると映画とはちょっと雰囲気が違う。
僕らいつのまにか映像を見ずに声を聞かずに字幕を読むようになってしまった。
字幕を載せない本編を見ていると最初はわからなかった相馬弁が不思議と聞き取れるようになる。



3.11直後、こんなときに行くのは現地の人に迷惑がかかる、を自分の言い訳にしていた。
現地の人の言葉や思いを伝えるというのも大事な仕事なのだと痛感する映画でした。
自分はダメだなあ、と思う。


モノクロームの夏@淀川区十三
あえて白黒写真を掲載、とくに理由はない。
今日はそんな気分だった。


2012年夏、ヤザワは何に苦悩するのか。
 


十三大橋の向こうにウメキタのビル群が風景の余白を埋める。
 


駅前の喜八州(きやす)、ばあばあもここのみたらし団子が好きでした。
 


下品かつ魅力的な裏通り。いや呑み助にとってはここがメインストリート。
 


十三本通り。
七芸のエレベーターを降りたところから見た sunnyside of the street 明るく、猥雑な表通り。
 


昭和の都市を舞台にしたドキュメンタリーに欠かせない典型的な地下道。
木村沙織は立ったまま歩けない。
 


早めに帰宅、全勝対決は日馬富士が勝つ。
夜、プールへ行く。