2012/11/25 2年目の大阪マラソン


   マラソンのスタートラインに立つものは…」と上岡龍太郎は言った。
   「42.195kmを走り抜くのだ、と決心したそのことだけで十分勇者である」


昨日、大阪マラソン神戸マラソンを走ったランナーに
上岡さんのこの言葉を贈りたい。


 


去年の大阪マラソンの日にも書いたのだけど、一人でフルマラソンに参加する人は勇気があるな、と思う。
http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20111031/1320024819
村上春樹ボストンマラソンを走り終えたあと、
ビールを飲みに入ったレストランのウエイトレスに、
「マラソンを走ったの? あなた勇気あるわね」と言われたらしい。
日本では勇気という美徳をこんなふうに誉めることは少ない。
僕は2007年のかすみがうらマラソンに一人で出場した。
大勢のランナーに囲まれ、一人で走り、完走し、一人で帰ってきた。
ゴールしてもいっしょに喜ぶ人もいなかった。
でも、周りの人が拍手してくれた。
いつのまにか知らない人と握手していた。
それから、また一人になって、じんわり涙が出た。
フルは3回目の挑戦ではじめての時間内完走だった。
嫁に、フルマラソン完走!今から帰るよ、とメールした。
土浦駅のキオスクで缶ビールを一本買って帰路についた。
思えば、孤独で、ヒロイックで、ナルシスティックな行為だったな。
またガツンと走りたくなった。
あれから5年が経つ。
来年は勇者になれるかな。


今回、取材した市民ランナーのショートムービーは5本中4本放送された。
残念ながら吹田の和菓子屋さん夫婦のムービーを流すことが出来なかった。
都合3度も取材させてもらいご家族が楽しみにしていたのですまない気持ちでいっぱいだ。
撮影した5組は全員完走を果たした。
和菓子屋さん夫婦は制限時間ギリギリだった。
そのご夫婦も、ジャズシンガーも、明日は当然のようにお仕事。
諏訪のお母さんも、秋田のなまはげランナーも、今日のうちに故郷へ帰り明日から出勤だ。
皆さんはそんな多忙な暮らしの中、42.195キロ走ったのだ。
諏訪のお母さんは「取材のおかげで息子がゴールに来てくれたのかもしれない」
秋田のなまはげランナーは「沿道から、テレビ見たよ、と声をかけてもらえました」
ジャズシンガーは「音信不通の友人がテレビ見て連絡をくれた」
和菓子屋さんは「取材があったので嫁とたっぷり話をすることが出来ました」
レース後もメールやフェイスブックで連絡を取り合って感動を分けてもらった。


I'm proud of you all. 
ほんのひとときの短いふれ合いだったけど彼ら彼女らを取材出来たことを誇らしく思う。


藤井寺の78歳と75歳のご夫婦も完走。
走り出しを取材したA木によるとご主人の方は膝を痛めていたらしく不安そうだった。
スタートゾーンで待機中、奥さんが軽口をたたく。
「走ったら?そのまま逝ってしもてもかめへんやん。
 ごちゃごちゃ言わんと死ぬ気で走れ、骨は拾ったる!」
周囲は大爆笑だったという。
でも、それも半分は本音だろうと思う。
同年齢で寝たきりや認知症の人もいる。
歩いてスーパーに行くことさえままならない人も多いだろう。
自分の脚でマラソンを走って逝けたら幸せだろうなあ。
(取材させてもらってる手前、それは困るけど)
結局、ばあちゃんは15分ほど早くフィニッシュ。
いつもはじいちゃんの方が20分ほど早いのに今回は逆転した。
「いっしょに走ってたら共倒れになるやん」
と、また大爆笑でした。


5年前に出場したかすみがうらマラソンを走ってるときの手記より。


  70代の盲人おばあちゃんを伴走するのは同年代のおばあちゃんランナー。
  楽しそうに笑顔で走っているのだが、見ているだけで涙が出てくる。
  背中に「フルマラソン完走1088回」と手書きのメッセージの爺さん、
  「鉄人世界第2位」とある。
  2位の2という数字も手書き
  果たして順位が上がったのか、1位を誰かに奪われたのか?
  知りたいところではある。


不意に現れるランナーを見てじんわり感動してしまうことがレース中にある。
その70代の盲人ランナーと伴走者は説明不要、その2ショットがドラマだった。
テレビとか映画では得られない。