2012/12/14 転倒!

体重73.50キロ(+950グラム)
満腹大王の呪いに違いない。


朝から編集スタジオで作業。
中継映像を足して引いて映像と音声を整えるという作業が続く。
編集後の映像を編集前を知らない人が見たら何でこんなに手間がかかるのかわからないだろう。
視聴者に使用前使用後の違いを見せてアピールするわけにはいかないけど。

 
 


…夜は一昨日に続き芸文センターでコンサート。
トヌー・ナイソー トリオ@兵庫県立芸術文化センター小ホール
今週はおそろしく閑なときに予約購入したコンサートが3つもある。
3ヶ月先のことなんて誰にもわからない。


トラブル発生!
19時の開演時間に間に合うようにスタジオを出たのだがJRで移動中にチケットを忘れたことを思い出す。
編集資料をまるごと編集ルームに置いてきた。その中のクリアファイルに入れたままだった。
甲子園口でとって返す。
開演には間に合わない。
インターミッションから合流するとヒロにメールする。


JR西ノ宮駅から自転車で芸文センターへ向かう途中、さらにトラブル発生!
正面から車が来たので歩道に乗り上げようと急いだら段差のところに落ち葉が溜まっていた。
スリップ、激しく転倒!
右肘から歩道に倒れ込む。
倒れたときに、これはやっちまったな、と覚悟する。
ところが、ほぼ無傷。
無事コンサートへ合流。
右肘が少し擦りむいていた。


       


トヌー・ナイソーのライブ演奏は2007年12月に同じ芸文センターで聞いた。
奇しくも同じ12月14日、赤穂浪士討ち入りの日だった。
そのリリカルなピアノと人柄に感激してCDにサインしてもらい握手もした。
今回も期待に違わぬ叙情的で美しい演奏を聴かせてくれた。
拍手は鳴り止まなかった。
アンコール3回。
ヘンリー・マンシーニの「ひまわり」に泣きそうになった。
ラストの「戦場のメリークリスマス」では鳥肌が立つ。
ヒロのお気に入りの「マイ・ハート・イズ・ビロング・トゥー・ダディ」も聴けた。
詳しい感想は書く余裕がない。
前回、5年前のリポートをコピペしておく。

  
     


   夜はジャズコンサート。
   兵庫県立芸術文化センターの大好きな小ホールです。
   前庭の青色ダイオードのイルミネーションが美しい。
   もうクリスマスが近い。


   トヌー・ナイソー。
   聞き慣れない名前、バルト三国エストニアのピアニストです。
   かの澤野工房がいま売り出し中のピアノトリオ。
   澤野工房の固定ファンがいるのだろう、500名定員の小ホールはほぼ満席。


   トヌー・ナイソー・トリオが登場。
   禿げ頭で大柄、猫背のエストニア人、
   エストニアとかラトビアという国の名前の響きは実存する国家ではなく、
   ファンタジーの物語に登場する架空の王国のようだ。
   トヌー・ナイソーは旧ソ連の最高権力者ニキータ・フルシチョフに似ている。
   人の良さそうなフルシチョフ、ロシアの、いやエストニアの白熊。
   1950年生まれだから戦後の人だ。
   バークリー音楽院出身、若きトヌー・ナイソー、ボストンに渡る。
   その頃、どんな青年だったのか、友人に自分の国をどんなふうに紹介したのだろうか。
   エストニア共和国から来たトヌー・ナイソーです。
   今はソビエト連邦ということになってますが…よろしく。


   きれいな音色だ。
   白熊の指から奏でられるピアノは極上の美しさだった。
   おもむろにソロで奏でられるイントロにしばし忘我。
   ドラムスが、ベースが加わり、ピアノが歌い出す。
   「Isn't it Romantic ?」 リチャーズ&ロジャースの粋なラブソング。
   いいなあ、センスいいなあ。


   続いて同じくリチャーズ&ロジャースの名曲「My favarite things(私の好きなもの)」
   紹介文ではエヴァンスタッチのピアニストである と書かれている。
   解釈はいろいろあるだろうが、ビル・エバンスより浄化されている感じがした。
   僕はリッチー・バイラークを思い出した。
   音の純度が高い。
   抑制的でリリカル(叙情詩的)なタッチのジャズである。


   バルト三国エストニア
   ナチスドイツとスターリンロシアに蹂躙され続けてきた狭間の小国。
   第二次大戦前、隣国ロシアの侵攻を牽制するためにエストニアはドイツの力を借りた。
   ゆえに起こった粛清、虐殺、投獄の悲劇。
   90年代に放送されたNHK特集「社会主義の20世紀」でその恐ろしい事実を知った。
   地政学上の不運を呪う。


   曲の合間にメンバー紹介する。
   年若いドラマーはアート・アブネル、ベーシストはターヴォ・レメル
   聞き慣れない響きの名前、二人ともエストニア出身なのだろう。
   そして、わたしの名前はトヌー・ナイソーです、と自己紹介する。
   わたしの国エストニアは、ええ、その…フィンランドの向かいにある国です、と
   たどたどしい英語でぼそぼそという感じで話す。


   前半の最後は熱く激しい「Milestone」、
   後半はバート・バカラックコール・ポーターを2曲、
   ボブ・ディランの「Lay lady lay」…。
   メル・トーメの「The Christmass Song」をやります、
   と言うとソロであの美しいメロディーを弾き始める。


   再度に渡るアンコール。
   最後はエリントンの「昔はよかったね」、
   気持ちいいスイングナンバーに手拍子が起こる。
   ジャズに手拍子、コアな評論家やジャズマニアはこれを馬鹿にする。
   会場でも腕組みをしたままの人もいる。
   でも、僕はしましたよ。
   いいじゃないですか、と思う。
   楽しかった。
   演奏が終わると大きな拍手が起こる。
   自然発生的に何人かが立ち上がる。
   僕らもそうしたいと思ったから立って拍手を送った。
   拍手は鳴りやまなかった。


   いいコンサートだった。
   派手ではないし、大向こう受けするトリッキーな仕掛けもないけど、
   上質の気分の良さを味わえた。
   ヒロも、トヌーナイソー大正解だったね と言う。
   いい気分で夜道を自転車に乗って帰宅。


                          (2007年12月14日の日記より)