2013/1/11 打ちのめされる快感

『レ・ミゼラブル』@TOHOシネマ西宮OS
夫婦50割引でことし初めての劇場映画、しかも特大のスクリーン11での観賞。
各所で大絶賛の作品、登場人物たちが台詞を歌う。
そうか、ミュージカルだったなと改めて気がつく。
このまま3時間近く歌い続けるのか。
なんだかな、なんて思っていたら…終わった時は泣き疲れて震えて打ちのめされてシートでぐったりしてました。
TKO負けです。


  


よく出来た物語です。
誰が書いたんだ?
え、ヴィクトル・ユーゴーってフランス人だって。
そいつは倉本聰や山田太一より有名なのか?


ドラマが問いかける、ということがあります。
家族って何だ?
人を好きになるって何だ?
おまえは愛のために自分を犠牲に出来るか?


人は憎しみだけで生きられない、などなど。
『レ・ミゼラブル』も当然、見る者に問いかけます。
が、僕は19世紀のフランス人じゃない。
『ああ 無情』は日本のドメスティックなドラマではない。
だから、僕らは矮小卑近な世界で心悩まされることなく激動の物語に身を任せる。
だから、僕らは躊躇無く登場人物に感情移入することが出来る。
そして、見終わってぐったりはするが熱いシャワーを浴びたような爽快な気分になる。


さすがに人気の映画らしく10:15上映開始の回でもこのシネコンで一番大きなハコが半分近く埋まってました。
3分の1ほど過ぎた頃でしょうか。
フォンテーヌが天に召されるシーンあたりで鼻をすする音がちらほら。
半分過ぎて、エボニーヌが雨の石畳でひとり歌うシーンでざわざわとなり、
マリウスが誰もいなくなったカフェで歌うシーンでは隣からヒロのすすり泣きが聞こえて来た。
「民衆の歌」が高らかに響くエピローグでは僕も鳥肌、そして涙が…。
歌のチカラって凄い。


ああ、悲しきエボニーヌ!
あんな下品で卑しい両親から、彼女のような一途な娘が育つだなんて。
そういうことって現実社会にもたまにあることだけどそれだけに不憫でなりません。
コゼット役のアマンダ・セイフライドが今いちタイプじゃなかった。
加えてキャラクターとしても深みがない。
僕は断然エボニーヌ、サマンサ・バークス派です。
予告編と僕の涙腺を一番刺激したエボニーヌの唄「On My Own 」


ピレ・アウグストというデンマークの巨匠が1998年に『レ・ミゼラブル』を作った。
ジャン・バルジャンが、リーアム・ニーソン、ジャベール警部がジェフリー・ラッシュ、
フォンテーヌがユマ・サーマン、コゼットがクレア・デインズ。
なかなかの役者揃いで凄い映画だった。
(1998年版の予告編 http://www.youtube.com/watch?v=Oni72Fl7xaw )
特にジェフリー・ラッシュのヒールぶりは圧巻、ヘビのように執拗にジャン・バルジャンを追い詰めていく。
見ていて、もうやめてくれとうんざりするほど陰湿な男だった。
もちろん台詞や細かいエピソードもふんだんで見応えがある。
ミュージカル版にはなかったバルジャンとコゼットの逃亡生活も描かれていたように記憶する。
マリウスの同志やパリ市民が弾圧されて集団で銃殺されるシーンは恐怖だった。
ユマ・サーマンの儚げで透明感のある美しさも特筆すべきものがあった。
それほど映画『レ・ミゼラブル』には高いハードルがあった。
にも関わらず、圧倒されたのは予想外の嬉しい驚きだった。


別に文句をつけるわけじゃないですが、ジャン・バルジャンとシャベール警部ってキャストが逆では?
前作のアウグスト版のイメージがあるせいかジャベール警部はクールなヒュー・ジャックマンで、
実直で表情に哀しみをたたえたジャン・バルジャンがラッセル・クロウだと思うのですがどうでしょう。


新聞の映画評であるフランス文学者が書いていた。
「修道院で盗みを働くも許しを得たジャン・バルジャンは聖職者とならず実業家となり、市長という政治の指導者とした。
 ここがヴィクトル・ユーゴーの原作の素晴らしいところだ。事業を起こし雇用を作り聖職者よりも確実に多くの飢える人々の命を助けた。」
この分析は深イ。


…映画終わりで西宮食堂で昼食、その後、市役所のカレンダー市へ行く。
夕食は自家製の長崎チャンポン。
自家製のチャンポンですが、出汁は出来合いのスープを使用。
本来は長崎でしか売られていない液体スープだったけどパッケージを捨ててしまう。
とにかくやさしい味で、それでいてしっかりとコクもあり、大満足でした。
写真がなんとなく雑誌の「Ku:nel」風です。
      


夜に筋トレ40分、プールでウォーキング30分。
NHKのオンデマンドでドキュメント20min『キオク×キロク=キズナ〜孫が受け継ぐ沖縄戦〜』を見る。


  沖縄で、戦争体験者の証言を家族がビデオで記録するという新たな取り組みが始まった。
  祖父の証言を記録したいと奮闘する女子大生に密着する。
  「思い出したくない記憶」でも「伝え残したい記憶」…痛みを伴う戦争証言の記録を通して、おじいは孫にどんな思いを託すのか。
  沖縄の命の原点といわれる「地上戦の記憶」を受け継ぐことで育まれる家族の絆を見つめる。


 


去年、沖縄戦の戦跡を巡った旅を思い出す。
ときどき、思い出すべき歴史の真実。
体験を語る人々はもう10年もしたらこの世から消えてしまう。