2013/7/11 高橋真梨子40thコンサート@フェスティバルホール

高橋真梨子コンサート@フェスティバルホール
リニューアル以降はじめてのフェスティバルホール、はじめての高橋真梨子ライブです。
「ジョニーへの伝言」でデビューしたのが24歳、今年でキャリア40年を迎えるそうです。


   


まず生まれ変わったフェスティバルホールに驚く。
壮大さに驚く。そして見やすい。
高層ビルの中に埋め込まれている構造。
あえてそうしてるのかもしれないけど導入路に閉塞感がある。
エントランスからホワイエ、ホワイエから観客席へのアクセスが迷路みたいに感じる。
火災とかあったらちょっと恐いな。

1階27列50.51番という端の席でも見やすい。
これがバレエとかオーケーストラとか舞台全体を見るパフォーマンスなら申し分ない。
今回は一律8000円という設定だ。


去年ヒロが神戸国際会館高橋真梨子さんを見た。
今年の始め、フェスのこけら落とし(もうすでに3ヶ月経つが)に夏に3日間公演があるというので申し込んだ。
山海塾で眠ってしまい、しばらく口をきいてもらえなかったので心して臨む。


客層は初老の夫婦連れが圧倒的。
僕らもそれに該当するのだろうけどまだまだ若手かな。
みんなそこそこ生活に余裕があるようで小ぎれいな身なりの人品卑しからぬ様子。
他には歌舞伎でよく見る年配の女性グループ、たまにお一人様の中年女性。


幕が開く。
ジョニーへの伝言〜五番街のマリー〜陽かげりの街 の定番メドレーで始まる。
わかってらっしゃる真梨子さん、という感じです。
ジョニーへの伝言の冒頭で少し声が不安定になった。
え? とヒロと顔を見合わせたけど、すぐに持ち直し心配はなかった。
聞けばフェスティバルホールには個人的に思い入れがあってかなり緊張していたとのこと。
5年前、真梨子さんはフェスで歌うのはこれが最後だと思っていたそうだ。
60になる頃、ステージで多くは語らなかったけどいろいろ思うところがあったのだろう。
もしかしたら真梨子さんは今日が最後のステージだと毎回思っているのかも。
一流のシンガーは歌だけで心情が伝わってくる。


  



第一部の後半に「遙かな人へ」を歌った。
ステージの大スクリーンに雪山が映し出される。
思わず涙がこぼれた。
1994年 リレハンメル五輪のテーマ曲(NHK)だった。


♪ 人を愛するため人は生まれた 苦しみの数だけ やさしくなれるはず

北欧の青い空が目に浮かぶ。
ジャンプ団体原田のまさかの失速、荻原の金メダルフィニッシュ、複合個人でビイクを猛追した河野…。
あらゆる五輪のテーマ曲で高橋真梨子の「遙かな人へ」がベストだと思う。



「for you …」も、「桃色吐息」も、「こめんね」も、「グランパ」も歌ってくれた。
シンガーソングライターとかアーティストを自認する歌手には定番はもう歌わなかったり、妙にアレンジしまくって歌う人もいる。
高橋さん、わかってらっしゃる。
昔、テレビで大津美子が「ここに幸あり」をめちゃくちゃアレンジして歌っていたがあれはファンに対する背信だと思う。
伊勢省三もテンポずらして「22歳の別れ」を歌ったりしてた。
谷川きよしさんは凄い。
必ず「別れのサンバ」をアレンジなしで歌ってくれる。
お酒といっしょでいいものはストレートで飲みたい。


真梨子さんの夫のヘンリー広瀬さんは70歳になる。
ペドロ&カプリシャスのメンバーだった生粋のバンドマンだ。
インターミッション前にダンスつきのパフォーマンスで愉しませてくれた。
自分たちより年配の方々が総立ちして踊る。
若輩のわたしたちも参加させてもらいましたよ。


NHK「songs」で高橋さんが都倉俊一氏と対談していた。
都倉氏は高橋真梨子の歌をはじめて聞いたときに衝撃を受けたという。
「息が全部声になっている」


全盛期に比べれば真梨子さんの声はハスキーになった。
それが味わいでもあるけど、比べ聞きすると、傷んできた、焼けてきた、とも言える。
今聞いてももちろん艶っぽいし、失礼だけどアップテンポの歌では可愛い声だと思う。
最初に緊張してたと言ってたけど確かに衰えは自分自身がわかっていて、
いつか遠くない日に終わりが来る、そう覚悟を決めているような気配がステージから感じられた。
最近、SONGSをはじめテレビによく出るようになったのもそのせいかも…。
先日、ステージを去るチェリストの映画『25年目の弦楽四重奏』を見たせいかもしれないけど。
この秋にもふたたびフェスに来る。
次も行きたいと思う。


ペドロ&カプリシャスといえば「別れの朝」だ。名曲だった。
ウド・ユンゲルスというドイツ人の曲で、なかにし礼が日本語の詞をつけた。
いかにもシャンソン歌手だった なかにし礼らしい訳詞。
♪ やがて汽車は出てゆき 
去ってゆく恋人の乗り物は汽車だった。(電車ではない)
次にヒットしたのは「ジョニーへの伝言」、詞は阿久悠だった。
主人公がジョニーへの伝言を残して乗るのは汽車ではなくバスだった。
♪ 最後のバスでゆく 西でも東でも
アメリカ大陸、グレイハウンドバの長距離バスを思い浮かべる。
やがてバスは出てゆき、ではしっくりこない。
最後の汽車でゆく 西でも東でも でもピンとこない。
このあたりの妙は久世光彦の「マイ・ラストソング」に解説してあったような記憶がある。


「別れの朝」を歌っていたのは前野曜子さんというシンガーだった。
調べたら1988年、かなり前に亡くなっていて驚いた。
野性的な感じの人で、たぶん僕は中学生だったけど色っぽくてきれいな人だったという記憶がある。
当時はそんなこと決して言わなかった。
アイドルでもない女性歌手を好きだなんて中学生が言える空気じゃなかったのだ。

    


次にヒットしたのが「ジョニーへの伝言」、同じペドロ&カプリシャスだが女性ボーカルは前野さんじゃなかった。
高橋真梨子というシンガー。当時24歳で、前野さんとよく似た感じの声だなあと思ったが残念ながら前野さんほど美人じゃなかった。
下ぶくれのおたふく顔、ヒッピー風のヘアスタイルで当時フォーク界に多かった垢抜けない感じの女性だった。
そう、ルックス的には高橋真梨子さんの第一印象は決して良くなかった。
(間奏でフルートを吹いているのが夫となるヘンリー広瀬)
    


デビューしたのは24歳のとき、僕らは高校生でした。
ソロデビューしたのは30歳、僕らは20歳そこそこ。
30代になって高橋さんはいい感じになってきた。
赤いセータを着た右上の写真ですね。
8歳年上の女性、学生時代にこんな人が場末のスナックを一人でやっていたりしたらきっと通い詰めてしまう。
高橋真梨子さんは64になってもエバーグリーンなあこがれの年上なのだ。
   

20代 http://www.youtube.com/watch?v=34L-kheUvBo
30代 http://www.youtube.com/watch?v=MhPuZ3zbMR0
40代 http://www.youtube.com/watch?v=81-kmT6xrHs
50代 http://www.youtube.com/watch?v=RKQyIrENA9U

前野曜子さんは30歳にして夭折し、高橋真梨子さんは還暦を過ぎてステージに立つ。
学生時代に通ったスナックに思いを馳せ、サントリーホワイトの水割りが飲みたい気分。