2013/9/23 彼岸まで

起きたら8時過ぎていた。
夫婦揃って寝坊、あまちゃんの最終週のはじまりを見逃す。
今日も好天が続く。
ああ、もったいない、というのが偽らざる心境。


秋分の日、これからは夜の長い季節に入る。
ニュースデスク2日目、きょうも夜は長い。



お彼岸に咲く彼岸花です。
    



…コミック「カレチ」を5巻(最終巻)まで読了。
巨像が倒れ解体された。
分割民営化前の数年、国鉄職員は激動の時代を送っていたのだ。
たまたま京都の銭湯に置いてあったモーニングで読んだ漫画だったが出会えてよかった。
国鉄……か。
ジェイアールなんて最初は違和感だらけだった呼称も時代とともに空気のようになってしまう。
5巻を読んで思い出す。
あのころ、立ち吞みの店に違和感ありありのおじさんたちが働いていたなあ。
あれはどこの店だったろう。
合理化、配置転換で鉄道の現場から異動させられた定年間近の職員だった。
当時、飲み友達だったY田と、ぜんぜん板についてないよな、と笑った記憶がある。
僕らはまだ20代、世の中のことを知らず申し訳なかったなと思う。

カレチ(5)<完> (モーニング KC)

カレチ(5)<完> (モーニング KC)


あの分割民営化の年、時を同じくして僕は四国へ移り住んだ。
1987年3月末のことだった。
フリーになって関西で仕事がなく、というか本気で探しもせず、
どこか知らない土地で、とロマンチックな気持ちもあってか。
30 になろうとしてたのにお気楽なことで、と今でも思う。
もう少し志が高ければ、と思ったりするが、その後の人生も楽しんできたし、
それ以上望むのは贅沢、後悔はすまい。


国鉄の分割民営化、と聞くとこの歌を思い出す。


 ふるえているのは 寒いからじゃないの わかって    (1987年「サヨナラ模様」 伊藤敏博)


ベストテンの生中継でどこか地方の操車場から生中継があった。
前職が金沢車掌区の国鉄職員だった。


1987年ってこういう時代だったのか。


…図書館で借りていた「シークレット・レース」の貸し出し期限がとっくに過ぎている。
実に面白いノンフィクションだった。
ツール・ド・フランスは好きだったけど、
相次ぐドーピング問題でうんざりしている人も一度読んでおくべきだと思う。
あの世界一苛酷で、かつ魅力的なロードレースの世界がなんでこんなことになったのかを知っておこうと僕は思った。
で、読み始めた。
うんざりするどころか、原作がいいのか、翻訳がいいのか、おそらくどっちもいいのだろうけど、面白くてたまらない。

シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕 (小学館文庫)

シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕 (小学館文庫)


彼らトップ選手がなぜ禁止薬物に手を出すようになったか。
自分の勝手なイメージでドーピングは瞬発系、パワー系に有効だと考えてきたがそれは間違い。
持久力系のスポーツでより決定的となるのだということを知った。
いま、メジャーリーグで話題になっている疲労回復のための薬物はまさにその系統だろう。
本来は疲労困憊で動けないときに “普通じゃない” ほど動くことが出来れば確実に勝てる。
翌朝、残るであろう全身疲労が “普通じゃない”ほど回復して全身にパワーがみなぎっていたとしたら…確実に勝てる。
事実、ドーピングによって大集団で走るのがやっとという実力の選手がトップ集団で戦うことが出来る。
それは選手間、チーム間でまたたく間に知るところとなり蔓延する。
拒否するものは…大集団で走ることすら出来ない。
ここ10年でレースの平均スピードがどれだけアップしたかを知れば一目瞭然だ。
ヘマトクリットのくびき。
誰も逃げられなかった。


   ※ ヘマトクリット値とは血液中の赤血球の割合をさす。持久力が飛躍的に増す。
     特にツール・ド・フランスなどの長丁場で苛酷なレースでは決定的に重要度を増す。
    


証言者であるタイラー・ハミルトンは魅力的な男だった。
小柄で、ハンサムで、誰からも好かれる “苦痛に耐えること”が得意のクライマーだった。
印象的な記述がある。


    EPOは健康によくないものだと考えられている。
    ※ヘマトクリット値を上げるための禁止薬物
    これについて僕の意見を述べる前に、まず次のリストを見てもらいたい。


    肘
    肩
    鎖骨(2回)
    背中・腰(複数回)
    肋骨
    手首
    鼻


    僕が選手時代に骨折した箇所だ。
    同じような目に遭ったプロ選手はごまんといる。
    アメリカでは、自転車レースは健康に良いものだと考えられている。
    だけど、トップレベルの世界では事情が違う。
    プロの自転車レースは苛酷だ。
    決して身体に良いものではない。
    以前のチームメイトはよくこう言っていた。
    「自転車レーサーであることがどんな風かを知りたければ、下着になって時速65キロで車を走らせ、
    車のドアから身を投げ出して、金属の固まりの中に飛びこんでみればいい」
    選手にとってEPOのリスクなどたいしたものではなかった。


もう一つ、うろ覚えで聞いてはいたが…という事実。


   僕が自転車競技のトップの世界に入って最初の教訓は
   「立つなら座れ、坐るなら横になれ、階段は病原菌だと思え」だ。
   競技を続けていると、選手の身体は自転車に乗るのに適した身体に変わっていく。
   だから、歩くのが苦手になる。
   言ってみれば、自転車のロードレースは、鍛えれば鍛えるほど、身体が弱々しい老人のようになる世界で唯一のスポーツだ。
   生理学的な根拠は詳しくは知らないが、ともかく、それは事実なのだ。
   長い間、歩いたり立ったりしているとすぐに疲れ、関節が痛み出す。
   ツールを五度制したベルナール・イノーは階段が嫌いで、ツールの期間中は、
   ホテルの階段を上がるのに、ソワニエに背負ってもらっていた。


自転車選手がちょっと走って骨折した、という話を聞いたことがある。
それは事実だったのだ。


とにかく、ロードレースの世界は想像を絶する。


…ニュースデスクをしながらBS1「アスリートの魂」をチラ見する。
剣道日本選手権の連覇をめざす女性剣士 山本真理子(大阪府警)の物語。
大阪府警ならすぐ近くの武道場で練習しているではなかったか。
剣道日本一の彼女、大阪弁の普通のお嬢さんで、剣の道を極めるシリアスさとのギャップが好ましい。
父は元世界選手権3位、いかにも府警という強面。


    


選手権で2年連続日本一を決めたのは、鮮やかな「出小手」だった。
鳥肌ものでした。
見てない人はぜひ25日深夜の再放送を。
http://www.nhk.or.jp/tamashii/



コンタクトをとろうとしてなかなか電話に出てもらえなかった一般ランナーと夜に電話がつながる。
留守電は聞いていてもガードは固い。
一歩でも前進しているのが嬉しい。