近江の国はなお、雨の日は雨のふるさとであり、
粉雪の降る日は川や湖までが粉雪のふるさとであるよう、においをのこしている。
(司馬遼太郎「街道を行く 近江のくに」より)
湖北は雨が降ったり止んだり、時に晴れて虹が出たり。
僕が金沢に住んでいたころは“雨たり晴れたり”なんて言ってた裏日本の空です。
ペンションいぶきを出て三島池で伊吹山の写真を撮る。
道の駅で買い物をして、西池、須賀谷温泉を経て、
北陸本線の高月駅近くにある渡岸寺で国宝の十一面観音を拝む。
のち己高山の麓にある鶏足寺へ行く。
降ったり止んだりで虹が出たり消えたり。
マキノのメタセコイアの並木へ行く頃に土砂降りとなり、
晴れては湖面に突きささる虹となる。
渡岸寺の十一面観音を見に行ったのは四月の桜の時季であった。
観音堂は信長に亡ぼされた浅井氏の居城小谷城のあった丘陵が
すぐそこに見える湖畔の小平原の一画にあった。
写真ではお目にかかったことのある十一面観音像の前に立つ。
像高一九四センチ、堂々たる一木造りの観音さまである。
どうしてこのような場所にこのような立派な観音像があるかと、
初めてこの像の前に立った者は誰も同じ感慨を持つことであろうと思う。
胸から腰へかけて豊な肉付けも美しいし、
ごく僅かにひねっている腰部の安定した量感も見事である。顔容もまたいい。
体躯からは官能的な響きさえ感じられるが、
顔容は打って変わって森厳な美しさで静まり返っている。
頭上の仏面はどれも思いきって大ぶりで堆く植え付けられてあり、
総体の印象は密教的というか、大陸風というか、頗る異色ある十一面観音像である。
正統的という言い方をすれば、女人、偉丈夫の違いはあれ、
一脈、聖林寺の十一面観音に通じるものがあるように思われる。
時代的に見れば法華寺の十一面観音と並ぶ貞観彫刻の傑作ということになる。
この観音像戦国の兵火にかかり、それまでの古刹渡岸寺は焼けたが、
土地の人の手で救い出され、地中に埋められて難を逃れたと伝えられている。
(井上靖『美しきものとの出会い』より)