2015/1/18 老いと非寛容

日曜日、きょうの朝ごはんは久しぶりに洋食。
といってもパンとチリとジュースのみ。
こういうシンプルな献立もいい。


   


歳をとると丸くなる、と言われるが僕は疑問に思っていた。
子どもの時にいつも怒っている恐い爺さんによく叱られた。
朝、スポーツクラブ行くとロッカールームにいるのは大半が僕より年上の高齢者たちだ。
全員ではないが自分本位でわがままな人をよく見かける。
混んでいても着替え場所を譲り合わず、会話を交わしたりすることもなく、終始不機嫌。
暴走老人とまではいかないがその予備軍みたいな人。


このブログを読んで、そうそう、そうなんですよね、と得心がいった。
amazonの悪魔「老いとは寛容さを失うことだ。若かろうが寛容さを失ったものは精神的にすでに老いているんだ」...今も生きる先人の言葉
http://konozama.jp/amazon_devil/2015/01/post-363.html?utm_content=buffer7c34d&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer


同年輩の友人にも飲むほどに怒りっぽくなる人がいる。
非寛容な人は価値観の違う人の意見を聞かない。
“絶対に” 認めない、という“死んでも”認めないとか、あげくに 嫌いやねん と拒絶する。
自分にもそういう感情が沸き起こるのを否定しない。
でも、老いている証拠だという自覚はある。
僕は…経済的にも社会的にも、おそらく弱者だと思う。
貧すれば鈍する、と言う。
本来は余裕のある人が寛容になるのだと思うがそうでもない。
おそらく安定した自分に籠城してしまうのだろう。
貧しても寛容でありたいと思う。
血管と股関節は硬化しているがせめて頭はやわらかくありたい。
それはそれ、これはこれ、という分別も持ちたい。


いまの世の中が住みにくくなった原因に非寛容があると思う。
寛容でないと集団バッシングする空気も生まれやすい。
その窮屈さは夏目漱石の「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」どころではない。
(哲学的な「草枕」は未読だ。ちょっと僕にはレベルが高すぎる。)
例外を許さない。
自分より弱い者の失敗は徹底的に責める。
悪しき平等。
責めた者勝ちの風潮。


サンデーモーニングで張本のあっぱれ&カツのコーナーに王さんが出ていた。
王さんが あっぱれ!と言ってるのに張本が大きい声で被せるから聞こえない。
ゲストに譲ればいいのにと思う。
張さんだから自分が前に出てしまう。
フロアに「王さんに先に言わせてあがてください」なんてカンペ(プロンプ)出したらいいのに、と思ったが張さんにはそういうのは通用しないのかな。
僕は張本的なご隠居さん発言を否定しない。
銭湯でテレビ見ながら老人が言うようなことをスタジオで言うからそれなりに人気があるのだ。
そういう意見もある。
実際にはそういう意見も多いと思う。
炎上したっていい。
そのコーナーでナチュラル・リュージュって競技を紹介していた。
オリンピックのようなリュージュのコースでないところを滑る競技でコントロールが効かないからそこら中に激突する。
それを見て張本が「なんでこんな危険なスポーツやるんですかね。」と一言。
「自分の息子がこれやるって言ったら反対しますよ」
日本人がメダル候補だったら炎上確実。
でも、これはこれでありだなと思う。
変ですかね。


寛容、非寛容の話の続きみたいなことが都道府県対抗男子駅伝で起こった。
1区、愛知の高校生ランナーが中継所の20メートルくらい手前で転倒。
足がコントロール出来ない状態で起き上がれない。
這って中継ラインまで進むがままならない。
中継のハンディカメラもアップでとらえる。
あと1メートルが進まない。
高校生ランナーは丸めたタスキを次の走者にトスしてしまった。
それも届かず、次の中学生ランナーが拾い上げて走り出した。
一部始終を生放送された。
タスキを投げたのを初めて見た。
かわいそうだけど失格だろうな、衆人環視だったもんな。
順位に影響はないから見逃すのもありかなと思ったけど…。
テレビに写ってたし。
高校生ランナーの彼が数年後に雪辱を果たすところを見たい。


駅伝終わりで編集チェックに出社。
途中で昨日シャツを買ったららぽーと甲子園のアメリカンイーグルへサイズ交換に立ち寄る。
同じワークシャツを買ったのだがヒロは試着せずにSサイズにした。
着てみると大きかった。
バーゲン品だから本来は返品交換不可だったけど頼みこんでXSに換えてもらう。
めんどくさいなんて言わずにこれからちゃんと試着しろよ。


ミニ番組の編集チェック。
20時前にチェック(遅すぎる!)
手直しして23時に再チェック。
帰宅が日付変更線を越える。