梅雨らしい空模様。
って梅雨なんだから。
朝、プールで半時間歩く。
気持ちいい。
朝ごはんが美味しい。
幸せなことだ。
鰆の切り身、茄子と豚肉の甘辛炒め・オクラ・馬鈴薯と長ネギの味噌汁にご飯。
映画「海街diary」を西宮で観た。
ことし劇場で観る20本目の映画。
原作は吉田秋生のコミック。
どうして読み始めたのかは忘れたが新刊が出るたびに買って読んでた。
何の自慢にもならないけど、ちょっとした優越感。
綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず 四姉妹の物語。
この映画のキャストはほぼイメージに近い。
母親役の大竹しのぶが一番イメージに近いかな。
同じ是枝監督の「歩いても歩いても」を思い出す。
あれも家族の物語だった。
「いつも、少しだけ間に合わない」
しみじみと心にしみた。
「海街diary」は現代の小津映画なのだろう。
原作では父親の葬式で気丈にふるまっていた四女のすずが長女の幸にやさしくされて号泣する印象的なシーンがある。
映画でもそうなるのかな? と思って見ていたら号泣ではなく、絞り出すような涙だった。(右の写真のあとにそうなる)
是枝監督はそう選択したのだ。
少年サッカーチームの監督に鈴木亮平、綾瀬はるかの恋人で医師役が堤真一だった。
二人ともたまたま週末に書いた番組企画書に書いた俳優だったのでちょっと驚いた。
鎌倉の四季、海辺の街の暮らしにあこがれる。
って今、海辺に住んでるのに。
鎌倉にはええ歳してから一人で一泊旅行した。
2004年、11年前の冬だった。
夕方5時過ぎに着いた鎌倉は落ち着いた町だった。
何となく須磨と京都を併せ持った雰囲気。
狭い昔ながらの路地をぬけると海岸に出る。
何処からかお香のかおりが漂ってきたり、雰囲気のある小さな食堂や雑貨屋があったり、
こんな町で別の仕事を持って別の家族と暮らす僕のもうひとつの人生があったら
…と夢想してしまう。
最近、自分にはそういうチャンスがない。
住処を移して新しい町へという経験が。
昔は何度もあった。その新しい駅に降り立ったときの感覚。
喫茶店があって、雑貨屋があって、小さな本屋がある。銭湯はどこにあるのかな?
銭湯に行ったら帰りに寄る安い居酒屋はないものか…ここでまた新しい生活が始まるのだという新鮮で、
かつ遠くへ来てしまったというとりかえしのつかない物悲しい感覚。
長谷駅から江ノ電沿いに歩いていったところに小さなユースがあった。
自転車に何やら荷物を満載したおじいさんに「ユースホステルならこの先、
赤い電気がついてるとこだよ」と教えられる。
落ち着いた町、駅前のコンビニ、もうひとつの人生、鎌倉、江ノ電、逗子や葉山の海、
ユースホステル、2段ベッドの相部屋、なんだか胸がきゅんとなる夜だった。
相部屋には高校生が一人、奈良から旅に出てきたと言う。
父親に「勉強になるから」と一人旅を強要されたのだと言う。
「嫌だったんですけど」55歳だという父親は何を期待していたのか、
ふと、《ロバが旅に出ても馬になって帰るわけでない》という意地の悪い諺を思い出す。
話してみると素直そうな子だったので、もしかしたら駿馬になるのかもしれない。
18歳、どんな人生だってその先にはある。
…かといって18歳にもどしてやるからもう一度やりなおすか?と問われたらどうだろう。
昔、五木寛之もエッセイでそんなことを書いていたような気がする。
その時、五木は「しばらく考えて、やはりやめとこうと思うだろう」と書いていたような気がする。
僕も…そう考えるだろう、ちっぽけな人生だけど、自分のこの数十年はそれなりに悪くないと思う。
勝ち組だとは夢にも思わないがやっぱり愛おしい人生だ。
大きな事は出来ないが、ささやかなことを僕なりにささやかにやってきたのだ。
それでいい。
たとえ、金持ちになったとか有名人になったとかしても思いは同じだろう。
そこには満足も後悔も同じくらいあるだろうから。
志が分相応なのだから諦めるしかない。
(2004/2/19)
鎌倉の夜は暗かった。
闇がちゃんと街に存在して淋しくて静かなのがいい。
映画の四姉妹の住む古い家は江ノ電の極楽寺駅に近い。
この駅舎のたたずまいもいい。
昔、阪神香櫨園駅を思い出す。
夙川にかかる橋の上にあった木造の駅舎。
ガーデンズのコーエンという店で白のポロシャツを買う。
早めに帰宅、ジムで少しだけ筋トレをする。
あまり気が進まなかったけど…やるべき。
夕御飯は石焼き炒飯。
「食わず嫌い王」にスクリーンで見たばかりの広瀬すずが出ていた。
映画でサッカーするシーンがあって彼女すごくサマになってた。
聞けば静岡出身だという。
小学生のときから8年間バスケに青春をかけていたそうだ。
だからあんなにステップが上手かったんだ。
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