2015/11/1 富山マラソン 2015

富山マラソンを走る。
1年ぶりのフルマラソン。
満身創痍になりつつ何とか完走を果たす。
悪天候が心配されたけど当日は北陸の秋にしては稀なほどの快晴。
コースの白眉は20キロ地点の富山湾沿いの新湊大橋(しんみなとおおはし)。
日本海側最大級の斜張橋を14000人のランナーが走る。
デジカメで撮る。
北の俊英 剱岳(2999m)がド迫力でせまる。
半逆光でスライドで投影されたかのよう。
日本アルプスの岩の殿堂に向かって走りながら何度もシャッターを押す。

   


僕はこの山に二度登った。
こうして岩の壁のような光景を見ると信じられない。
明治期まで難攻不落の砦。
確かに登山家の野心を駆り立てる威容だ。
北アルプス岩の殿堂 剱岳(2999m)が巨大な壁のよう。
この山を二度登頂したぞ!と何度も感慨深く望みつつ走った。


こちらは新雪の立山連峰と大日岳。
南側の薬師岳まで見渡せた。
剱より北の毛勝三山にもたっぷりと雪がついていた。
   


日曜日、富山マラソン(フル)を走りました。
数日前は冷たい雨との予報だったのでブルーな気分でしたが、
地元の人も驚くほどの快晴、微風というベストコンディション!
フルマラソン3回目の完走を果たせました。

高岡市をスタートして富山湾へ北上、新湊大橋を渡り、
ふたたび南下、富山市還水公園がフィニッシュです。
10キロ過ぎからずっと新雪の剱立山連峰が視界にあり、
景色も最高のマラソンでした。



   


   


   


   


   


今年の夏から秋は満足に走れてなかった。
9月と10月の月間走行距離は60キロくらい。
フルを走る準備はまったく出来てなかった。
走り始めて15キロほど、ペースは悪くない。
足も痛くない。
これなら4時間半くらいで走れるぞ、と思い始めてた。


錯覚でした。
42.195キロはごまかしが効かない。
新湊大橋は20キロあたり。
景色に気をとられて辛さを感じなかったが…。
橋を渡ると風を感じた。
ペースが落ち身体が冷える。
あわててアームカバーをする。
身体が動かなくなる。
神戸のときは35キロ過ぎに起きた痛みが25キロで出る。
練習不足、身体はだませない。
32キロあたりでマツモト氏より電話が入る。
彼は38キロ過ぎ、突然、足が動かなくなったらしい。
こちらはまだ14キロもある。
その距離にうんざりする。
35キロで風船をつけた6時間のペースセッターに抜かれる。
しばらくつくも振り切られ絶望的な気分になる。
足の裏が痛い。
足の指のつけ根が痛い。
太ももがつりそうになる。
腰が重い。
競歩のように歩いたり、すり足で走ったりするが回復しない。



   


   


   


   


   




   


  

   



   


   


   


       


   


   


 
我慢して前進する。
キロ10分くらいのペース。
最後の登りは呉羽山公園。
ここから市内へは下り。
ペースを取り戻す。
キロ6分半まで戻る。
残り時間を計算するとなんとか5時間台で走れそう。
残り2キロで6時間のペースセッターに追いつく。
やった!


よくぞ回復した。
エライぞ。
自分で自分を誉めてあげたい。
そう思った直後、目の前に有森裕子さんがいた!
ハイタッチする。
しっとりとした感触。


ペースセッターを突き放しフィニッシュ。
5時間47分、ワースト記録だけど満足です。

痛む足をひきずって竹の湯という銭湯へ行く。
汗を流して駅前まで歩く。
日テレの二人と祝杯をあげていたマツモト氏と居酒屋で合流。
乾杯!

新幹線つるぎで金沢、金沢で地酒と鮨弁当を仕入れて
サンダーバードで帰阪しました。

フルマラソンは辛い。
ひょっとしたら身体(フィジカル)に悪いかもしれない。
でも、走り終えたらメンタルが浄化されてる。
自分の今を確認するために年イチくらいで走ろうかな。

文春文庫「走ることについて語るときに僕の語ること」で
サロマ湖ウルトラマラソンを完走した村上春樹が書いている。

   タイムは問題ではない。

   今となっては、どれだけ努力したところで、
   おそらく昔と同じような走り方は出来ないだろう。

   その事実を進んで受け入れようと思う。

   あまり愉快なこととは言いがたいが
   それが年を取るということなのだ。

   (中略)

   若死をまぬがれた人間には、
   その特典として確実に老いていくという
   ありがたい権利が与えられる。

   肉体の減衰という栄誉が待っている。

   その事実を受容しそれに慣れなくてはいけない。

   大事なのは時間と競争することではない。

   どれくらいの充足感を持って42キロを走り終えれるか、
   どれくらい自分自身を楽しむことができるか、

   おそらくそれが、これから先より
   大きな意味をもってくることになるだろう。

   数字に表れないものを僕は愉しみ、
   評価していくことになるだろう。

   そしてこれまでとは少し違った成り立ちの誇りを
   模索していくことになるだろう。

        
ウルトラマラソンは一生は知ることはないだろうけど、
数字に表れないものを愉しむこと、評価することは出来るかもしれない。
いったんは歩いたのにラスト3キロをちゃんと走れたことから得たものは
数字に出来ないけどいいものだと思った。