Day8 長い旅路の果て 2007/9/1(大阪世界陸上)

僕にとっては今日が正念場。
睡眠時間2.5時間で早朝に入り、男子50キロ競歩をウォッチング。
昼過ぎまでに編集を終えなければならない。

50キロ競歩、前半、中国の選手が2分近く離して突っ走る(歩く)。
中盤であっけなく捕まる。50キロは本当に長いのだ。
1時間以上見続けていてもまだ半分も済んでいないのだ。
選手の労苦は想像も出来ない。
日本の山崎がトップグループで頑張る。
眼鏡堂氏やヒロに 見てる? とメールを入れる。
今日は地上波で放送があるのだ。

山崎は40キロ過ぎで力尽きトップグループから脱落。
極端にペースダウンする。
一杯一杯で頑張っていたのだ。
声援が凄いものなあ。
抜け出したのは世界記録保持者のネイサン・デュークス(豪州)だった。

スタジアムに入り泣き顔になるデュークス、
ラスト20メートルくらいで耐えきれず嗚咽する。
その泣き声を歓声が消す。
長居スタジアムの歴史でもっとも感動的なゴール。
思わず目頭が熱くなる。

2位のフランスの選手も、3位のイタリアの選手も泣きながらゴールする。
素直に、よくやった と声をかけてしまう。
あの辛い道のりをよくぞ耐えたものだ。
たまたま仕事で一部始終をずっと見続けていたから
彼らの“辛く長い旅路”が涙になるのは理解出来る気がする。

それにしても苛酷な周回コースだ。
26周だって?
誰がこんな苦しいだけのコースにしたのだ。
91年の東京はロードの折り返しコースだったような気がする。
3位のイタリアの選手は泣きながらゴールした直後、
帽子かサングラスかをトラックにたたきつけて怒りを露わにしていた。
何があったのかはわからない。
でも、こんな苦しいコース、ぐるぐる回らせやがって
俺たちはイヌじゃねえんだ と言うように見えた。
思索的な選手が多そうな競歩だけに…。
マラソンはいいけど競歩はダメ、陸上後進国なのだ。

その頃、トップの選手に周回遅れの山崎がスタジアムに入る。
中継の連絡船を通じて、山崎はまだ一周残ってる との声が聞こえる。
周回を間違えているのだ。
聞けば、係員の誘導に従ってスタジアムに入ったと言う。
誘導ミス!
山崎はゴール後、倒れ、距離不足で失格となる。

 

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記者会見に出た眼鏡堂氏から報告を聞く。
なんともやりきれない。
責められるべきはミスなのだが、
僕には競歩という競技を日本が軽んじているようで。

…昼過ぎにYTVのTプロデューサーと眼鏡堂氏との会合を予定していたが、
13時から始まった十種競技の棒高跳びが15時を過ぎても終わらない。
申し訳ないが予定をキャンセルする。
終わったのが16時、朝の6時から延々10時間ウォッチングしながら編集している。
まったくタフな仕事だぜ。
夜のセッションが23時まで残っている。

…ラグビーW杯観戦のエアチケット、HISに電話する。
フィンエアーでもKLMでも帰りのチケットが満席で取れない。
名古屋発着なら多少は空いていると言う。

…夜は少しは涼しくなる。
眼鏡堂氏と記者席で観戦する。
今日はスタンドは満員だ。
土曜日で、注目の男子4継の決勝がある。
朝原にとって最後の世界大会なのだ。
アトランタからだろうか。
僕も朝原とともに世界大会から退こう、て次元が違いますね。
スイマセン。

その前に車椅子の1500m男女の決勝がある。
世界から選ばれた本気の頂上決戦だ。
男子ではオーストラリアの本命が最後の直線で射す。
生で見ると最後のスピードに驚く。

表彰式でオーストラリア国歌をよく聞く日となった。

男子4×400mリレー決勝。
編集をストップしてHとS部次長とスタンドにかけつける。
それくらいの役得は許して欲しい。
世界大会にふさわしい盛り上がりを初めて体感する。

一瞬にしてレースは終わる。
日本は5位、朝原が追い込んだ。
アジア新記録!

…ハイライトの52分。
僕の計算とS部次長の尺計算が合わない。
配信30分前でも解決しない。
調べていくと女子4×400mのリザルトが抜けていた。
でも、尺は合わない。
10分前、焦る。
時間がないので見切り発車。
一種目ずつ尺を手動で計ってチェック。
問題の女子4×400mの尺がS部次長の申告と違っている。
キャプションの時間を訂正するだけで事なきを得る。
やれやれ、だ。

…ストレスで(飲む理由には事欠かないね)日本橋食堂で一人飲む。
深夜の食堂で飲んでるおっさん連中もいる。
ガラの悪い大阪弁、しかも大声でどなる。
脅しているように聞こえる。
東京の人間が聞いたら震え上がるぞ。

今回の仕事で気づいたことの一つ。
ワシントンホテル界隈の雰囲気が変わっていたこと。
日本橋の電気街が元気だった頃と比べて…うーん、薄汚れた感じになった。
電気街が元気な頃でも決して上品ではなかったが、ここまでではなかった。
スラム化、無法地帯化する危険性もあるのでは