09/6/25 さよなら満腹大王

朝から晴れている。
一仕事終えた感じでぐったりしたまま起床。


朝、VTRをチェックしたA充プロデューサーから電話が入る。
テロップの日付が間違ってましたよ、とのこと。
言われて気づく。
完全なるケアレスミスでありました。
夜に手直し編集の手配をする。
やれやれ。
加齢は悲しきかな。


MLB中継はアトランタの先発は川上憲伸
いい立ち上がりだな、と思って目を離していたら降板したいた。
打球を受けたらしい。


…10時に家を出てJRさくら夙川駅まで歩く。
尼崎で福知山線に乗り換え西宮名塩駅で下車、
ギャラリーバスでゴルフ場入りする。
去年までは早朝なら自宅からタクシーだった。
ご時世です。
というか、タクシーを使ってた頃からこれは不相応だな、と思っていたので落胆はない。
それにしても、よみうりオープン(現 ミズノオープンよみうりクラシック)の仕事は長い。
1990年あたりから毎年だから20年選手だね。
雨、風、濃霧、サスペンデッド、が恒例の梅雨時のトーナメント。
今年は、数日前の天気予報では絶望的だったのだが、何とか保ちそうな気配。


今年から放送センターがクラブハウスに隣接した場所になる。
例年はプレハブだった控室はクラブハウス内にセッティングされ広くなった。
年に一度、この時期にしか会わないスタッフと再会するのも恒例。
控え室のテーブルに彼らが持って来た全国の土産物が並ぶ。

    


丸山茂樹とラウンドした石川遼は3アンダー7位タイで好発進。
ショートホール以外はすべてドライバーで打つ。


スポーツニュース班のタクシーに同乗して帰社。
編集スタジオに行って手直し編集。
編集ルームの前のスケジュールが遅れて、始まったのが日付変更線前。
10分で終わるが、帰社してテープ納品したら12時半過ぎ。
深夜タクシーで帰宅。
帰ったら1時を過ぎていた。


セルジオのメールでS田くんの死を知る。
彼はセルジオの劇団のスタッフで僕も何度か会ったことがある。
温厚で人当たりの良い、太っちょだった。
就寝中の心不全
前日まで普通に暮らしていての突然の幕引きだった。
僕らより年若の40代後半だった。
最後に会ったのは2006年1月、3年前のアフターアワーズだった。
個人的に彼と二人で飲んだり話したりした記憶はないのだが、
身近に感じる親しみやすさがあった。
彼の体重を彼の心臓が維持出来なくなったのだろうか。
人生は崩壊の過程である、とは言うけれど早過ぎる。


2006年の『ぷよねこ減量日記』にS田くんのことを書いている。
http://diary.cgiboy.com/d01/shiohiro/index.cgi?y=2006&m=1#31
満腹大王と異名をはせたS氏、とあるのが彼。
役者にしたいくらいの存在感があった。


その日の写真がある。
場所はかつての「アフターアワーズ」、
彼はおそらくほろ酔いでご機嫌さんの様子。
追悼の意をこめて一枚アップさせて下さい。