西宮の自宅マンションから見上げた部分日食。
群雲沸く下弦の月のようだ。
上弦、下弦の違いを知らなかったので調べてみた。
月の形を弓に見立てる。
弧の部分と弦の部分がある。
弦の部分が上にあれば上弦、下にあれば下弦となるらしい。
読んで字の如し、だった。
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朝から曇り空、今日もニュースデスク。
ロードレーサーで30分ほど走る。
テレビの生中継で皆既日食の進行を追う。
11時過ぎ、ベランダから空を見上げる。
雲間に欠けた太陽が見えた。
テレビ中継。
上海は雨、中国は気象コントロールのロケットを打ち上げなかったようだ。
日食は国家のメンツや威信と関係ないもんね。
悪石島や諏訪之瀬島、宝島などのトカラ列島も悪天候。
雨の日に突然夜のように暗くなった、という現象に終わった。
コロナやダイヤモンドリングが見えたのは硫黄島。
NHKが島と観測用のツアー船の2箇所から時間差で生中継する。
ヒロが、船上の皆既日食もいいねえ、と言う、
快晴なら360度の水平線が夕焼けになるのだ。
こんな風景は中国でも人工的に作ることが出来ない。
機会があれば行きたい、と言う。
真ん中の写真は硫黄島で撮影されたダイヤモンドリング。
ヒロは独身時代には「皆既日食ハンター」だった。
タイ、ペルーで皆既日食、沖縄で金環食を見た。
結婚してからも、1999年の夏に僕とイランで皆既日食を見た。
古都イスファハンの郊外で快晴の日だった。
太陽が隠れて暗くなると鳥の群れが突如一斉に飛び立った。
思えばイラン滞在の8日間はすべて快晴だった。
この時の写真を見るとコロナがでかい。
天気はコントロール出来ない。
海外での日食観測はもし晴れなくても観光が出来る。
イランではイスファハンのイマーム広場やペルセポリスへ行くことが出来た。
一番楽しかったのはテヘランの市場と最後の夜に行った移動遊園地。
ホテルを脱け出して二人だけで行った。
移動遊園地はイラン全土から家族連れで賑わっていた。
みんな明るくて日本人は僕ら二人だけだった。
イランのおばちゃんに勧められて水煙草を吸った。
むせたら大爆笑された。
何の覆いもない観覧車に乗った。
いっしょになったのはアフガン国境から来た母娘だった。
可愛くて幼い娘が僕らを見て恥ずかしそうにしていた。
景色を見ずに僕らの顔ばかりを見つめていた。
あの頃はハタミ政権でイランは今より自由だったんだな。
1999年テヘランの移動遊園地にて。
…退屈なニュースデスク。
石川遼特番の内容を考える。
1時間もつかな、と不安になる。
独自の取材はほとんど無いのだ。
優勝した勢いで決まってしまった番組だものな。
番組作りなんて不安を感じるくらいで丁度いいのかもしれない。
ここがスタートラインだ。
一旦崖っぷちまで後退して、戦える材料を集めて、少しずつ前に進もう。