朝、目覚めると雨がアスファルトを叩く音がする。
空気が湿気を帯びて肌が汗ばんでいる。
酒は残っていないが、ホイル焼きで食べた青森ニンニクの痕跡が吐く息に残る。
ヒロの機嫌が悪くならなければいいが。
コーヒーと昨日ヒロが買ってきたヒキタのチーズケーキを食べる。
ベイクドケーキが濃厚でいて甘くなくて切なくて美味しい。
雨はいったん止んだが今にも降りそうな気配。
走る気があれば走れたが走らず。
…昨日、いっしょに飲んだF島氏が三上寛に心酔するようになったのは21歳の頃だという。
当時、早稲田のラグビー部員だった氏はスポーツバッグを下げてライブ会場へ通ったという。
時は(おそらく)70年代終わり、フォークの世界に体育会は不釣り合いな時代だったと思う。
想像すると微笑ましい。
思い出すことがある。
西天満のバーの主、Uさんも学生時代は日本拳法部。
学ラン(長ラン)のいかつい格好で天王寺の春一番フォークコンサートへ通ったのだった。
明らかに異様だったと言う。
それは70年代半ばのことだ。
…夜、京都へ行く。
鞴座(ふいござ)のライブが『ネガポジ(陰陽)』というライブハウスである。
四条烏丸に着いた時はまだどしゃ降りの雨だった。
地下鉄に乗り換えて烏丸御池(おいけ)で下車する。
雨が上がっている。
5番出口からの地図は憶えてきた。
小さな公園があってその東向かいにあるのだ。
頭の中の地図通りに歩くが目当ての公園がない。
あれ?イノダコーヒーの三条店があるぞ。
ここは三条通、ということは…あれれ?
時間に余裕があったのに開演まで30分を切っている。
あれれ?
携帯電話で地図を確かめる。
よくよく見ると最寄り駅は御池(おいけ)ではなく丸太町だった。
なんたるちや。
丸太町は次の駅、歩いた方が早い。
早足で急ぐ。
幸い涼しいので汗をかくことはない。
三条通に比べるとひっそりとした夜の公園。
その公園沿いに『ネガポジ』はあった。
地下への階段を下りる。
ライブハウスのざわめきが全く聞こえない。
一瞬、今日は中止だったりして? と疑ってしまう。
二重になっているドアを開けると音楽が聞こえる。
ステージの前に数人の客もいる。
2000円払って席に着く。
ステージに向かって下手の端、背もたれのあるソファ席。
座り心地よし。
『ネガポジ』はこぢんまりした懐かしい感じのするハコ。
磔磔や拾得に似ていかにも京都らしい雰囲気のライブハウスだ。
客は15人ほどだろうか。
F島さんが東京のライブハウスで聴く三上寛は10人くらいだと言ってたなあ。
今日はステージに4人、客席に15人だからそれよりも贅沢。
予定の7時半に少し遅れて開演。
前半はミュゼットやアイリッシュ、クレズマー音楽など欧州横断の旅。
鞴座の3人によるポーグスセットの演奏。
『フェアリーテイル・オブ・ニューヨーク』から始まるポーグスメドレーだ。
ほどなく客演のパーカッション田中良太氏を迎え入れる。
笛の先生である鉄心さんの微温湯のようなトークでライブは進行する。
岡部氏のキレのいいギター、田中氏の絶妙のパーカッションがいい。
鉄心先生もいつにもまして今日は楽しそうです。
ヨーロッパ音楽の旅、旅の最後は日本です、と鉄心さん。
江戸時代の音楽なんですが…とぼけた味で紹介する。
『大江戸捜査網』、続いて『暴れん坊将軍』、最後はなぜか『ブルーライトヨコハマ』
鉄心先生の尺八演奏あり。
“首振り三年”と言われる奥義を見ることが出来ました。
休憩中。
隣に座る女性に話しかけられる。
「よく鞴座さんのライブに来られるんですか?」
「あ…は、は、はい、3回目です」
清楚な美人、30歳くらいか。
ちょっと得した気分。
調子に乗って聞かれてもいないことをべらべらとしゃべる。
あの笛はティン・ウィッスルです。
あの笛の人に教えて貰ってるんです。
京都のスタジオです。
初心者歓迎です。
僕は西宮に住んでます。
恥ずかしながら52歳。
糖尿病で入院したこともあります。
はい、今は元気です。
いやいやなかなか上達しませんで、ハハハ。
そこへ開演前に注文したでっかいエビせんべいが運ばれてくる。
一人でバリバリ食べながら、デレデレとお話ししました。
後半も素晴らしいステージ。
鉄心さんが本当に楽しそうだ。
ネガポジで鞴座+田中良太、これで2000円はお得です!
隣の女性に挨拶してネガポジをあとにする。
雨はすっかり上がっている。
烏丸通りを南へ歩く。
ライトアップされた赤煉瓦のビルが美しい。
京都の女性がみんな美人に見える日、というのがある。
やっぱり大阪より京都がいいなあ。
今年は笛教室に通い始め京都率が高い年、なのに京都を味わっていないと思う。