2012/3/2 海街暮色

雨のあがった午後、海街市にある温泉場へ行った。
海沿いを走る私鉄に乗って西へ、鈍行列車しか停まらないOという駅で降りる。
この駅のプラットホームから見る風景が好きだ。
     


千メートルに少しだけ満たない六嶺連山が街に覆い被さるように迫っている。
折しも冬の雨があがったばかりで、山裾や頂に雨霧がまとわりつき風景の陰影を深くする。
17年前、この海街市とその周辺を直下型地震が襲った。
O駅のあるN区は震度7強、大地が縦に激しく揺さぶられほとんどの家屋が倒壊した。
不運な地域では火の手が上がり街は燃え尽くされた。
その風景は白黒写真で見た空襲の焼け跡と同じだった。
いま、駅のホームから目にする町並みは17年前のものではない。


悲しい出来事だったが少しは良いこともあった。
温泉が湧いたのだ。

     
駅は川の上だ。
海街には並行して3本の鉄道が走り駅の数も多い。
その鉄道駅の3分の1は川の上にある。
理由はわからない。
たぶん土地を買収する必要がないのか、あるいは買っても安価なのだろうと思う。
どちらにしてもそれだけ川が多いということだ。


川沿いは遊歩道になっている。
雨も止み、ジョガーや犬を散歩させる人が両岸を行き過ぎる。
温泉のある上流へ向かって歩き出す。


     


親水公園として整備されているこのT川は凶暴な一面を併せ持つ。
4年前の夏、その日は朝から青空が広がっていた。
川では大勢の子どもたちが水浴びして遊んでいたという。
午後3時過ぎ、不気味な黒雲が現れた。
その刹那、T川の上流に突然激しい雨が降りだした。
川は一瞬にして増水し、逃げ遅れた幼児を含む5人が犠牲になった。
http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/shakai/200901mirai/04.shtml


海岸から山頂までわずか10キロしかない。
六嶺を源流とするどの川もウォーターシュートのようなものだと言う。
一見、ゆるやかに流れている川も列島規模、いや欧米や中国などの大陸の感覚では川ではなく滝なのだ。
短い距離をいっきに下っている暴れ川だ。
こうして遊歩道を上流へ歩くとぐんぐんと高度を上げていく。
振りかえれば海を見下ろしている。


     


震災後、複数の湯脈が見つかった。
地震によって地質が変わったのか、地下にもともと存在していたのはわからない。
海街市とその周辺では17年前の地震で古い長屋や木造アパートの多くが倒壊した。
その住民の多くは街の銭湯に通っていた。


     


しかし、その後に建った新しい住宅やマンションは内風呂を備えていた。
地震でダメージを受けた銭湯はさらに経済的なダメージを受ける。
その打開策として一部の経営者は天然温泉に活路を見いだした。


番台で410円を払って入る。
脱衣場から浴場へ入ると鉱物の匂い(モール臭)がした。
まさしく天然温泉のものだった。


    


源泉が湯船から惜しげもなくあふれ出している。
湯温は36度前後、体温に限りなく近い理想的なぬる湯だった。
炭酸泉、しばらくつかっていると手足にびっしりと気泡がつく。
忘我の境地。


露天風呂は源泉を少し加温している。
源泉浴で惚けた直後、冬の外気にふれると我に帰る。
1時間と少し、源泉と露天を行ったり来たりする。


時間をかけてはるばると山深い湯治場へ来ているのだと錯覚するが、実は隣町であることに気がつく。
そんな温泉銭湯がここだ。


商店街の端に古い大衆酒場を見つけた。
昭和初期に創業した酒蔵の宣伝酒場。
酒蔵の方はつぶれてしまったが酒場は今も続いている。
大きなのれんをくぐると広いカウンターで人生の先輩たちが数人 瓶ビールを飲んでいた。


     


瓶ビールは3つのメーカーから選ぶことが出来た。
大瓶を二人で分けて飲み干すと熱燗を注文した。
ガラスケースの上の鉄製のざるに鶏卵が盛られていた。
煮ぬきをつまみに酒を飲んだ。


    


ほろ酔い気分で川沿いの道を戻る。
駅のホームから街を見下ろしながら想像する。


    


きょう入った温泉が海街市のような人口密集都市ではなく風光明媚な田舎にあったら、と。
間違いなく“名湯” と呼ばれ温泉愛好家の垂涎の地となっただろう。
 

ときどき、もう一つの想像をする。

    


人が密集して住まなければ目の前にまったく違った風景が広がっていただろう。
海沿いに広がるこの土地はそもそも変化に富んだ美しい自然に恵まれているのだ。
温暖な気候、まばゆい太陽光線と十分な雨量。
山とそのすそ野は緑したたる深い森に覆われ、海は青く満々と水を湛えていただろう。
森にはクマや鹿、猿、イノシシ、狐や狸、そして消えてしまったニホンオオカミも暮らしていただろう。


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(本日の行動記録)

ヒロはばあばあの通院の付き添いで早朝から出て行く。
昼イチでポートウェーブ西宮でラン&バイク50分。
阪神電車で大石駅、大石から歩いて阪急王子公園駅手前まで歩く。
セルジオと合流、水道筋商店街を戻って「灘温泉 水道筋店」へ行く。
最高レベルの温泉に大満足、二人とも絶賛の嵐。
こんな凄い温泉がこんな近くにあるなんて。
これまでベストだった「六甲おとめ塚温泉」を上回る。
朝5時から深夜0時まで営業。
番台情報によると、朝の7時前後、お昼時、夜は7時以降が比較的空いているとのこと。
http://www.nadaonsen.jp/
http://hse.dyndns.org/hiroto/private/Bclass/onsen/on00/on0050/onsen_d0.htm
http://www21.ocn.ne.jp/~spa-mich/todofuken/hyogo/074_suidosuji.htm



風呂上がりに銭湯から歩いて15秒の酒場『高田屋 酒店 一色屋』なる店に入る。
老舗らしく落ち着く店内。
昭和一ケタ創業、戦前からやっている名店らしい。
路地裏に名酒場あり。
高田屋はあの高田屋嘉兵衛から由来しているのだろうか。
おとめ塚温泉〜立ち飲み「ちびちび」と同様、灘温泉〜一色屋という温泉&居酒屋の黄金コースを確保。
ここはセルジオに奢ってもらう。
http://sakabakannkou.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/2011-43b6-8.html



再び阪神大石駅へ。
西宮まで鈍行電車で行く。
東商店街の「炙り なかいちや」へ行く。
焼き肉スタイルの焼き鳥屋。
かしわと黒糖焼酎で満足の一日を締める。


     

     


『なかいちや』は近所のお店。
赤坂にあった「なかいち」とは無関係でした。
鶏肉といっしょに盛られて出てきたニラを焼く。
ニラにはゴマ油がかけてあって鉄板で焼くと香ばしい匂いが漂う。
灘温泉に次いで今日二番目の発見だ。
『なかいちや』の若い店主夫婦は僕と同じ町内らしい。
次はヒロと行こう。