ぷよねこ減量日記 2009/5-2016/1

旧ぷよねこ減量日記です。2016年1月に新旧交代してます。

2013/1/19 冬の海

今朝も冷え込む。
湾岸周回5キロコースを走る。
今年に入ってランで54キロ、バイクで35キロ、筋トレ4回。
灰色の空、空を映す冬の海。
おととい登った六甲がミステリアスに霞んでいる。
ミステリアスは霧(ミスト)の形容詞だから用法がおかしいかな。
霧に霞んでいる、は有りだもんな。

  


周回コースのフィニッシュ地点は回生病院前の香櫨園浜。
フォトジェニックなロケーションのフォトジェニックな母子。
そのまま載せるのははばかられるのでアプリで加工してしまいました。
 
  


  


左は1年で最初に咲く花はロウバイ(蝋梅)だ。
英名はWinter Sweet という。
姿より、その芳しい香りで気がつく。
梅と名がつくが梅とは別種らしい。
近所の庭に咲く黄色の花、今月5日あたりにはすでに咲いていた。
花の駅伝1区、ロウバイはそろそろ白梅に襷を渡そうとしている。
右は今朝のモーニングコーヒーの友、バナナバケット。
食パンよりこっちの方がより美味しい。
  


…本日から週末2連続ニュースデスクなり。
送られてくるライブ中継で雪で延期された高校サッカーの決勝を見る。
2−2で延長でも決着つかずペナルティキック合戦。
宮崎が京都に勝利する。
宮崎の鵬翔は4試合がPK戦…。
その全てに勝ってきたことは評価に値するが…PK戦はあくまで先へ進むためのルール、決勝は両校優勝でいいような気がする。


サッカー決勝が終わる頃、大鵬死去のニュース速報が入る。
おかげで関西発のコナミオープンと日ハムイベントのニュースはボツる。
夜は編成M氏と今年初の「楠木フサエ」、ポイントカードが2枚分埋まる。
2万円以上使っているということか。
次に行くときには料理が2品 無料サービス。
素直に嬉しい。


…僕が物心ついて大相撲中継をテレビで見始めたのが柏鵬時代。
祖父は柏戸を贔屓にしていたが僕ら子どもたちは大鵬のファンだった。
愛知県三河地方の子どもは「中日、大鵬、玉子焼き」だった。
やがて、北の富士玉の海の北玉時代となる。
玉の海大関の時は玉乃島)は愛知県の蒲郡出身、地元のヒーローだった。
安定感抜群で、勝負強かったし僕も玉の海が大好きだった。
確か、大鵬横綱、あるいは張出横綱として玉の海の前に立ちはだかっていた。
横綱大鵬玉の海北の富士大関に清国、琴櫻大麒麟、前乃山、
関脇、小結、平幕にも高見山貴乃花栃東、黒姫山、陸奥嵐、金剛ら役者が揃っていた。
千秋楽、小学生の僕らは大相撲中継にかじりついていた。
大鵬の話を書こうと思ったけどやっぱり世代が一つ違うことに気づく。
でも、大鵬って横綱はスターだった。何よりも姿形が見栄えがした。
スターってのはああいうものだと当たり前に思っていたけど…。
当時、角界ベッカムとか、デカプリオとか言うけどやっぱり大鵬の美しさと華と実力の足下にも及ばない。


   



  ひところ前までは、子どもに人気があるものといえば「巨人、大鵬、玉子焼」で、
  近頃は「江川、輪島、ハイセイコー」といわれていたが、
  ハイセイコーがダービーに負けたせいか、「田淵、尾崎、輪島」のTOW時代というのが、もっともナウなのだそうだ。 

     
                                     (昭和48年 朝日新聞

天声人語だろうか、僕にはTOW時代なんて言葉は記憶にない。
「江川、輪島、ハイセイコー」は去年ディレクタをした阪神巨人OB戦で構成作家のSさんから聞いた。
江川は怪物と言われた高校時代の江川卓、輪島は学生相撲から初めて横綱になった天才力士、
ハイセイコー地方競馬の大井から中央競馬へ進出し国民的ブームを巻き起こした競馬馬だ。
増沢騎手が「さらばハイセイコー」という曲を歌いヒットした。
   

       


1番だけなら歌詞カードなしで歌える。


    誰のために走るのか
    何を求めて走るのか
    恋に別れがあるように
    この日が来るのがこわかった
    ありがとう 友よ さらば ハイセイコー


競馬なんて知らなかった小中学生もこの歌をうたった。
昭和50年、1975年、僕は高校生だった。
なんだかすごく懐かしい。


また大鵬の話から遠ざかってしまう。
いろいろと記事を読んでいると長い闘病生活とある。
なんと36歳のときに脳梗塞を発症した。
72歳で亡くなるまで36年、闘病の半生。
ロシア人とのハーフとして樺太で生まれ、母子家庭で極貧の中で育ち、
稽古に明け暮れ、栄光をつかみ、その後を闘病に費やす。
苛酷な人生ですよね。
やすらかにお眠り下さい。