2013/12/15 十年日記

寝坊の日曜日。
マンションの周辺が騒がしい。
きょうは御前浜でリレーマラソンの大会がある。
「西宮里浜リレーマラソン」
コースは僕のジョギングコースの一部だ。
http://www.sanspo-kansai.com/marathon/nishinomiyasf/#course

昨日走ったばかりなのにまた走りたい気分になるのは変なおっさん?
でも、今日は走らず。
プールで20分だけ歩いてリカバリー。
まったくダメージはないけどね。
今日はニュースデスク。

   


…日記(ブログ)を毎日更新するようになって10年が経つ。
意外としつこいとこあるやんと自分ながら呆れている。
もともと中学生の頃から日記をつける習慣はあった。
最初はノート、1997年にPowerBookを買ってからパソコン。
ブログという形式で毎日アップするようになったのは2004年から。
SINCE 2004  アテネ五輪があった年の1月からだ。


きっかけは…はっきりと憶えている。
番組で関わったメジャーリーガーの長谷川滋利の本。
『不可能を可能にすること 僕のメジャーリーグ日記 』
最初は不可能に思えたゴールにたどり着くため、
彼が習慣にしたことが “ 毎日 日記を書く” だった。


   日記をつけるということは、1日20分程度、自分の人生を振り返ることだと思う。
   日記を書く効果は、今年の僕の成績にも反映されている気がする。


あとがきにそう書かれていた。
書かれていた内容に特別な感銘を受けたわけじゃないけど、
毎日書く、というそのアイデアを自分も採用しよう。
天からの啓示のように受け止めた。


  


10年続いた。
そのアイデアを実行してよかった、と心から思う。
いろんな出来事があった。
自分が入院したり、母や嫁が乳がんの手術を受けたり、
身内を亡くしたり、震災や津波も他人事じゃなかった。
大きな破綻なく生活をコントロール出来たのは、
愚直に日記を書き続けていたからだと思う。
(日記は生活における体幹の強さを鍛えてくれたのかも)
いや、それだけじゃない。
毎日アップを自分に課して過ごした10年は、
その前の10年より楽しかったような気がする。
暇さえあれば一人で海外へ遊びに行ってた若いころより、
ずっと幸せだったかもしれない。
日記をブログとして公開することで他人とのつながりも強くなった。
同世代の友人、年若の友人、遠くに住む友人、まだ会ったことのない友人、
自分を取り巻く人々と同じ町に住んでいるような感覚だった。
47歳から56歳、普通なら友達が少なくなっていく季節に反対に新しい友達が増えていった。
この10年のMVPは間違いなく“毎日 日記を書き続けたこと” だろう。


あ、そうそう。
2003年に日記をブログという形で公開しはじめて数年は、
エディターソフトで書いてからブログにアップしていた。
当初、公開するものと非公開のものと多少は区別してたと思う。
そこには黒いぷよねこもいたと思う。
公開するようになってしばらく経った。
いつからだろうか?
とりててて、秘すべき嫌悪も、恨みも、愚痴も、消えてしまった。
公開している自分が、そのまま本当の自分になった。
隠していることは…全く無いとは言えないが、概ね自分だ。
他者への嫌悪が薄まった。
これも日記の効用だろうか。


カーリングの世界最終予選@フィッセン. Germany
勝てばソチ五輪決定の中国戦に1点差で敗れた日本(北海道銀行)ですが、
まだ、きょう深夜のノルウェー戦に勝てばオリンピック出場が決まります。
中国戦の中継終了後、スキップ小笠原のインタビューが流れた。
試合を振り返ってるうち目に泣きそうになり涙を流す。
きょうのノルウェー戦、がんばってください、とアナウンサー。
がんばります! と小笠原。
以上、スキップの小笠原選手でした。
とインタビューを締めて、会場ロングの画に切り替わった。
音だけ残って『泣くか?』とたぶん小笠原の声。
一人つっこみしてたんだと思う。
話してるうちに悔しくなって泣いてしまった。
今、ここで泣いてたらアカンやろってことですね。
でも、素の声に思わず笑ってしまった。
ノルウェイ戦、楽しみだ。


     


…久々の休肝日
社食でソース焼きそばとかに玉と雑穀米小、味噌汁。
野菜のメニューが全くない。
あっても社食の野菜はほとんど食べないけど…。
ニュースデスク終了後、そそくさと帰宅。
北風が冷たい。