09/12/4 1986年のトロイメライ

朝から快晴、このところ日替わりで天気が変わる。
9時過ぎ、近所の内科クリニックで採血と採尿。
今回はちゃんと前日20時から絶食して臨む。
受付前にある血圧計で測ると121-77。
お、優秀な値ではないか。


…釧路の旅宿『休坂』の宿主ブログにある問いが載る。
クラシックの演奏についての疑問。
大ホールを満員にする内田光子のようなピアニストと
北海道や釧路のような地方都市で活躍するピアニストがいる。
世界的に評価されている芸術家はどこが凄いの? 
正直言ってその差がわかりません、というもの。
誰か答えてください、とあるが僕にもよくわかりません。
ヒロに聞くと、それは絵画でも言えるよね、と言う。
現実には内田光子のようなピアニストの曲を聴くとき、
僕らは、彼女は凄い演奏家だ、という各方面からの予備知識を得てから聞く。
名前を知らない演奏家みたいに真っ白な状態で聞くことはない。
すでにかかっているバイアスを取り除くことは出来ない。
小さなホールで2人が同じ曲を同じくらい無名の存在として聴けるチャンスはない。
でも、この人の演奏は凄いぞ、感動モノだぞ、と言われて、もったいつけた末に、CDやライブ演奏を聞いてみる。
それでもなお、凄さを感じられるのなら本物ではないでしょうか。
実際に聞いても、どうなんでしょう? 感動しないなあ、という演奏もありますからね。
答えになってないですけど。


いろんなバイアスをかけられた状態で聞いて涙の出るほど感動した演奏があります。
ウラジミール・ホロヴィッツの『トロイメライ』がそれです。
昔、深夜に放送していた『クラシックTV』の中で流れた映像でした。
(元はレーザーディスクのようですが)
ホロヴィッツは21歳の時、政治体制を理由に祖国を捨て亡命したピアニスト。
以後ソビエトに戻ることはありませんでしたが、ペレストロイカで帰国が実現。
60年ぶりにモスクワでコンサートを開きました。
巨匠の『トロイメライ』に感無量のモスクワ市民が涙を流す。
ホロヴィッツは82歳でした。


純粋に音楽だけで感動するというのは現実にはあり得ないのではないか、
と音楽の民ではないクラシック門外漢の僕などは思ってしまいます。

1986年のトロイメライ@モスクワ

     http://www.youtube.com/watch?v=qq7ncjhSqtk
     

  
…午後から曇り空になる。
湾岸をジョギング、Podcastで『大竹ラジオ』を聞く。
ゲストは上野千鶴子
日本人男性は坂道を登っていくスキルはあるけれど、下り坂のスキルはない、と言う。
『おひとりさまの老後』に続く『男おひとりさま道』に詳しい。
スキルもそうだけど、自分がいつから下り坂になったのかその見極めが難しい。


ジョギング後、ヒロがプールから帰宅。
イングリッシュマフィンに昨日のミートソースをのせて焼く。
今日はいいかあ、と本搾りチューハイを飲んでしまう。


セルジオに勧められた隆慶一郎『死ぬことと見つけたり』上巻を読む。
予想以上に面白い。
上野千鶴子が話していた上り坂下り坂の一生とは全く違う武士の人生。
『死ぬことと見つけたり』
理不尽な武士道はある意味で光明なのかもしれない。


死ぬことと見つけたり〈上〉 (新潮文庫)

死ぬことと見つけたり〈上〉 (新潮文庫)

死ぬことと見つけたり〈下〉 (新潮文庫)

死ぬことと見つけたり〈下〉 (新潮文庫)


夜は久々に自宅でお好み焼き。
フィギアスケートのグランプリファイナルを観る。
高橋は圧巻、魅せるSPだった。
安藤は表現力に劣るからレクイエムのような無表情で通す選曲はいいかもしれない。
キム・ヨナは唯一の弱点フリップジャンプが不発。
浅田真央はルッツは苦手、踏切のエッジが違うだけなのにね。