2014/12/9 肉体の減衰という栄誉?

寒さが骨身にしみるという感覚は五十代になってからのような気がする。
若い頃は通常体温もどちらかといえば高い方だと思っていたが今は起床時で35.6度しかない。
低体温の人は免疫力が弱いと言われる。
体温を高く保つためにすべきことを調べてみた。
http://www.sawai.co.jp/kenko-suishinka/illness/200909-02.html
歩く、走る、筋肉を鍛えて増やす、根菜類を食べる、入浴をする。
みんな人並以上にやってるのになあ。


きょうも西宮の入江は黄金の落日。
   



昨日、夜に10キロペース走をした。
キロ5分40秒くらいで走ることが出来た。
今朝はグンゼで今月4回目の筋トレをする。
最初に背中の筋トレ、40キロのウエイトでプルダウンを始めて、あれ? と思った。
重く感じる。
身体が疲れている。
シンドイのだ。
まだ風邪からの回復期なのか。
あるいは風邪の症状が残ったままなのか。
「走ることについて語るときに僕の語ること」でサロマ湖ウルトラマラソンを完走した村上春樹が書いている。


   タイムは問題ではない。
   今となっては、どれだけ努力したところで、おそらく昔と同じような走り方は出来ないだろう。
   その事実を進んで受け入れようと思う。
   あまり愉快なこととは言いがたいが、それが年を取るということなのだ。
   (中略)
   若死をまぬがれた人間には、その特典として確実に老いていくというありがたい権利が与えられる。
   肉体の減衰という栄誉が待っている。
   その事実を受容しそれに慣れなくてはいけない。
   大事なのは時間と競争することではない。
   どれくらいの充足感を持って42キロを走り終えれるか、どれくらい自分自身を楽しむことができるか、
   おそらくそれが、これから先より大きな意味をもってくることになるだろう。
   数字に表れないものを僕は愉しみ、評価していくことになるだろう。
   そしてこれまでとは少し違った成り立ちの誇りを模索していくことになるだろう。

        
                            (文春文庫版 181-182頁)


特典として確実に老いていくというありがたい権利、肉体の減衰という栄誉……か。
でも悪いことばかりじゃないってことも僕は知っている。
季節のうつろいが美しいと思えたり、食べられなかった料理を美味しく思えたり、温泉を楽しめたり、
少なくとも取るに足らないことでくよくよしたりしなくなったり………。
肉体の減衰と交換に得たものだってあるのだから、まあ仕方ない。


タイムは問題ではない…数字に表れないものを僕は愉しみ、評価していくことになるだろう。 
そういうことですよね。


…夕方、出勤前に眼科クリニックへ行く。
ま、予想はついていたのだが待合室は満席で2時間以上はかかりそうだ。
小一時間待つが諦めた。
しばらくは予約もとれない。
定期検診なので来年の予約をとっておこう、と先送りする。


ナレーション録りの立ち合いを終えると8時前。
走るか、とジョグリスへ行く。
新商品のイヤホンを借りる。
風もなく、それほど寒くはない。


    


5キロを25分06秒で走る。
ラスト1キロを4分台に上げようと追いこむが5分台だった。
ちょっと気分が悪くなる。
何してんだ?
明日は休養日にしよう。