2011/4/11 女殺油地獄@国立文楽劇場

起き抜けにトイレで新聞30分。
津波で九死に一生を得た人の体験談に心拍数が上がる。
屋根にしがみついて漂流、流れてくる漁船に飛び乗って生き延びた人が言う。
「復興だ、がんばれ東北、と言われてもついていけない」
4日前の気仙沼がフラッシュバックする。
花を手向ける人、 広大な瓦礫の街にぽつんと一人。
がんばれ という言葉の無力さ、無慈悲さ、無神経さ。
言葉では癒せない傷は時間が埋めるのだろう。


もともと朝の立ち上がりは不安定だった。
震災後、ますます起動が遅くなっていく。


春霞の六甲、今日は花粉が多そうだ。 
いつものコースを15キロ走る。
風はまだ冷たい。


…午後から文楽
夫婦で文楽は、新春公演、3月の尼崎公演についで3度目、僕自身は今年4度目です。
阪神西宮から難波までは350円、その一駅先の日本橋になると500円。
近鉄に乗り入れると150円もアップする。
ナンバまで直通一本、日本橋まで地下街を歩く。


国立文楽劇場の前に桜が一本、その下でセルジオ君が待っていた。
セルジオ君は明日から奥のほそ道へ旅立つのだ。
使い方を説明してビデオカメラを貸す。
正直言おう。
不慣れな撮影なんてどうでもいい。
セルジオ君は書くことが得意なのだから書けばいいと思う。
佐々木さんたちは話したいことがあるだろう。
酒を飲みながらいっぱい話を聞いてきておくれ。


さて、人生6度目の文楽観賞である。
(研修生修了発表会含む)
演目は『碁太平記白石噺』『女殺油地獄』です。
   
  

席は9列目25、26番、床に近く舞台も遠からず。
トイレに行ってたヒロが、お人形さんが募金してるよ、と言う。
ヒロは、嬉しくて1000円募金しちゃった、とのこと。
ロビーへ行くと、“部長”勘十郎、咲大夫さんの相棒 三味線の燕三らがズラリ。

娘人形を使うのは何と人間国宝の吉田“取締役社長”蓑助ではないか。
募金を呼びかける人形の健気さに心を打たれ僕も一枚募金。
勘十郎部長に、ありがとうございます! と言われ感激。
娘人形が頭を下げてくれるも使う蓑助社長は舞台と同じくいつもの無表情。
人形遣いは本番モードで募金のときも自らの存在を消す。
そのことにも感動してしまう。

人間国宝” 吉田蓑助、脳溢血から復活された闘病記を読んだばかり。
花舞台へ戻るための孤高のリハビリ、尊敬しております。


話は前後するが、この募金をしてた娘人形は『碁太平記白石噺』のヒロインおのぶ。
募金の直後、蓑助師匠がこの おのぶ を使って舞台に登場した。
おのぶ は奥州白石の出身、吉原に売られた姉に会いに上京した12歳の娘だ。
被災地 宮城の出身だったんだ。
『油地獄』の悪のヒーロー、借金まみれの与兵衛には募金は出来ない。



文楽劇場友の会、イアホンガイドも50円割引。
会員になった時に一枚だけプログラム引き換え券が送られて来た。
さっそく交換、もれなく『女殺油地獄』の小冊子(パンフ?)もついている。
これが図解、写真入りでなかなか読ませる優れものだった。


プログラム(筋書き)に新技芸員の紹介がある。
今年1月の研修生発表会で見た大夫と人形遣いの二人が載っている。
おお、もう弟子入りして名前がついたんだ。
あの日、素浄瑠璃を汗まみれになって全力投球した大浦くん。
亘大夫(わたるだゆう)か。
一人語り出来るようになるのは十年後、いや二十年後だろうか。
高校球児の補欠部員のような風貌の大東くんは吉田玉路(たまみち)。
好感のもてる時代遅れのじゃがいものような二人、応援してます。



『碁太平記白石噺』
12歳のおのぶが奥州白石からたった一人で江戸吉原へやってくる。
父は悪代官に密殺され、母も心労で病死した不憫な身の上。
頼るべきは7つ違いの姉、風の噂で有名な花魁(傾城)になっていると聞いた。
飢饉の時、年貢が納められず水牢に入れられていた父を救うべく、
おのぶと同じ12歳の歳に苦界に身を落とした悲しい過去がある。
江戸の時代から東北は悲しみの土地だった。
(当時は東北に限らないですが…)


おのぶは東北訛りでしゃべる。
吉原で他の遊女に笑われバカにされる。
それをたしなめたのが宮城野という人気絶頂の傾城。
その宮城野(名前でそれとなくわかりますよね)こそが生き別れになった姉だった。


不憫で健気な東北娘おのぶ、使うのは吉田蓑助。
動きは独特、田舎から出てきた少女のドギマギした動きを絶妙に表現する。
東北訛りはこんな台詞。


  「コレ申しご亭主さあ、問いたいことがござり申すわよ、
   吉原で名の高い女郎サア、何といひめす知っていなさるなら、
   教えてくんさいチャア」


チャアである。
たむけんは文楽をパクったのか?


感情移入も出来、『碁太平記白石噺』は見ていて飽きない演目。
小悪党の勘九郎と手品師どじょうのチャリ場(笑わせどころ)もある。 
がんばろう日本 などの時事ネタを入れたくすぐりが和ませてくれる。
Twitter でフォローさせてもらってる大夫や三味線の人たちも登場する。
おお、こんな声なのか、おお、こんな三味線を弾くのか、と見ていて楽しい。
切り場「新吉原揚屋の段」を語るのは豊竹嶋大夫。
バリバリのおじいさんである。
一見、「のたり松太郎」に出てくる西尾のじいさんみたいな感じ。
小柄な人なので大丈夫かな。
心配無用、相当な声量の持ち主でした。
地の語りはドスがきいて素晴らしい。
ただ傾城宮城野(姉)、おのぶ(妹)の声の使い分けにちょっと難あり。
おそらく若い女二人だけ会話は難しいのだろう。


17歳の姉(花魁 宮城野)と12歳の妹(おのぶ)、東北訛りのおのぶが可憐。
募金して良かったと思う。


物語は親の仇討ちをしようと吉原を脱けだそうとする姉妹を、
男気のある揚屋の主人 惣六(そうろく)が思いとどまらせる。
いま、女二人で仇討ちへ行っても返り討ちに遭うだけだ、
腕を磨き、後ろ盾を作り、しかる準備をしてからにしろ、と。
そう「今、自分たちの出来ることからやろう」と言うのだ。
仇討ちの古典「曽我物語」に倣って語り長いくどき、これが泣かせる。
説得され涙した姉妹は来るべき仇討ちのために日常へ戻る。
うーむ、文楽であれ宝塚であれ何でも今に結びつけて感動してしまう。
困った。

  
…25分の休憩をはさんでメインイベント『女殺油地獄』である。
おんなころしあぶらのじごく、 とんでもないタイトルだ。
関係ないけど日活ロマンポルノ団鬼六シリーズを思い出してしまう。
どんな拷問、どんなプレイが繰り広げられるのか。
R-18指定だな。


冗談はさておいて…と。
これは近松門左衛門のまぎれもない大傑作だと思う。
今日、文楽を見てその思いを強くした。
僕を文楽へ導いてくれた女性の一人、三浦しをんさんが、
『あやつられ文楽観賞』で40ページほど『油地獄』について書いている。
しをん版の現代語訳、加えて秀逸な近松ブンガクの解釈、これは素晴らしい。
三浦しをん近松のことをモンモンと呼ぶ)
殺人者の心情をあえて語りでは描写せず、台詞だけで表現していく。
解釈は自由、近松門左衛門の懐の広さを見た。

あやつられ文楽鑑賞

あやつられ文楽鑑賞

河内屋与兵衛 23歳、こんな奴はいる。
イケメン、小心者で、そのくせプライドは高い小悪党。
2月に見た鶴屋南北の『盟三五大切』の殺人者 源五とはまた違う。
実録犯罪ドラマの傑作。


クライマックス「豊島屋油屋の段(てしまやあぶらみせ)」は圧巻!
文楽ファンはこれを見ずして死ねない。
前半の与兵衛の継父、実の母のくどきは確かに長い。
正直、ちょっと落ちそうになった。
与兵衛にとって、この二人の子を思う気持ちが負担だったのではないか、とさえ思う。
しかし、二人が帰り、油屋に与兵衛が入ってきた時から空気が変わる。
これから起こる惨劇の予感に背筋が凍りつく。


とにかく見て下さい。
切場語りの豊竹咲大夫のド迫力。
修羅場を盛り上げ、語りを引っ張る鶴澤燕三の音色。
お吉を使う吉田和生、与兵衛を使う桐竹勘十郎人形遣い入魂の技。
凄まじいラスト10分。


歌舞伎では油をどう表現するかは知らないが、文楽では一切使わない。
油まみれを人形の動きだけで表現する。
人形は3人で操っている。
ままにならない足運び、激しい転倒、凄いスピードで床を滑る。
これぞ名人芸。
観客席から、おおおおおおおおっ! というどよめきが起こる。
転倒、身体のコントロールを失う与兵衛、とんでもない格好で舞台を右から左へ滑る。
おおおおおおおおおおおおおっ!
転倒する。
おおおおおおおっ!
逃げるお吉、追う与兵衛が左から右へ滑る。
おおおおおおおおおおおおおっ!


倍率の高い双眼鏡を持参した。
与兵衛の動きが微に入り細に入り見える。
脇差しを見つかり背中に隠す仕草、とりつくろう表情。
人形にこんな複雑な動きが出来るものか。
遣う勘十郎にも殺意が宿る。
一転、激しい動き、その連続。
鳥肌が…!
思わず、勘十郎!と声をかけたくなる。
女殺油地獄
とにかく必見です。


パンフレットによるとこの演目は1722年竹本座初演、江戸時代は最初の一回だけ。
復活したのは素浄瑠璃が昭和27年、通し狂言として演じられたのは昭和57年だった。
こんな名作がなぜ封印されたのか?
諸説あるが大阪の油屋から圧力がかかったという説が濃厚。
江戸時代の「オイルマネー」が働いたという。


同じパンフに事件の舞台となった大阪市内の地図がある。
殺人のあった豊島屋は…北浜の近くだ。
木下酒店や蔵朱の近くじゃないか。


終演。
募金があるかな、と期待したが募金箱のみ。
そりゃ勘十郎さんは疲労困憊で楽屋で倒れてるだろうな。
使ったのは与兵衛、確かにこいつが募金してたら石を投げても金は投げない。
おのぶちゃん、出ておいで!


帰り道、夙川公園の夜桜を見ようと目論んでたが寒くてそれどころじゃない。
とっとと帰宅する。