再録 2005/7/26

台風接近の日に思う


台風7号が上陸しようとしている。
雨の朝、なぜか蝉が元気に鳴いている。
台本が2本とも出来ていないので6時半起き。
追い込まれれば出来るはず。


今日から東京出張だが飛行機が飛ぶのだろうか。
去年の6月、飛行機を諦め新幹線にしたが、4時間以上も車内に閉じこめられた。
出来れば午前中の便で行った方がいいのだろうなあ。


大阪の貝塚で水上バイクが海水浴場に突っ込み男子高校生が死亡、女性一人が脳挫傷で重体。
あまり嫌いなものがない方だが水上バイクの傍若無人ぶりだけは許せない。
この世から消えて欲しいものの一つだ。
亡くなった男子高校生は野球部員で府予選にも正捕手で出場していた。


芝公園セレスティンホテル)
羽田空港JAL機は穏やかにランディングしたものの
風に煽られて2、3度グラついた。
横殴りの雨、羽田は風雨が激しかった。
予報によると明日は台風一過、窓際のシートをとろう
富士山や南アルプスが見えるかもしれない、と期待したが帰るのは明後日だった。


吉岡忍「奇跡を起こした村のはなし」読了。

奇跡を起こした村のはなし (ちくまプリマー新書)

奇跡を起こした村のはなし (ちくまプリマー新書)

面白い本でした。いろいろと考えさせられること多し。
新潟県の黒川村のお話、帯には
「豪雪、大水害、過疎という苦境を乗り越え、
 農業と観光が一体化した元気な姿に生まれ変わった黒川村。
 小さな町や村が生き残るための知恵を教えてくれる一冊」
形勢は限りなく我が軍に不利、にもかかわらず生き抜くために
知恵を振り絞り、時間をかけ、勇気を持ってチャレンジした小さな村のサクセスストーリー。
一人の村長の生き様が形勢不利な村に奇跡を起こす。
その人の名は伊藤孝二郎、なんと13期50年以上も村長を務めた。
普通、それほど長く権力の座についていると腐敗してくる、老害と言われる。
ところが、伊藤村政は違った。目から鱗が落ちる思いだった。
一概にそういうものではない、のだ。


黒川村は、茨木のり子の「六月」という詩で歌われた村のようだ。


  どこかに美しい村はないか
  一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
  鍬を立てかけ 籠を置き
  男も女も大きなジョッキをかたむける


  どこかに美しい街はないか
  食べられる実をつけた街路樹が
  どこまでも続き すみれいろした夕暮れは
  若者のやさしいさざめきで満ち満ちる


  どこかに美しい人と人との力はないか
  同じ時代をともに生きる
  したしさとおかしさとそうして怒りが
  鋭い力となって たちあらわれる


しかし、豪雪、水害、高度成長による過疎、減反バブル崩壊
才覚と努力で生き抜いた黒川村もいま時代の波にさらされている。
本の最後に、伊藤村長の跡を継いだ布川村長の言葉が載せられている。  


「いま中央から聞こえてくるのは、
『小さな村なんか、つぶしてしまえ』という声ばかりですよ。
われわれの悪戦苦闘は何だったんですか?」
 2005年夏、黒川村は地図上から消える。
となりの中条町と合併し、『胎内市』が生まれることが決まっている。


合併しなければ地方交付税は減らされ、補助金の申請も出来なくなる。
全国一律、問答無用の動きだ。
いわば中央の都合のいいようにする脅しで「平成の大合併」が進行している。
小さなものは弱い、弱いものはいじめてもいい、逆らうものは悪い、
「大合併」にはすごくイヤな臭気が漂う。
これは美しい「村のはなし」だったはず…なのだが。


…台風が近づく不穏な空模様。
にもかかわらずセミの鳴き声が止まない。
運悪く嵐の日にこの世に生まれ出たことを
嘆きもせず恨みもせず、鳴き続けている。
短い、たった7日間の命を全うしようしている。


今年はニッコウキスゲが咲く場所にしばしば行く機会があった。
百合に似た夏らしい黄色の花が咲く。
この花の命は一日限り。
今日咲いた花は明日には萎れてしまう。
雨の湿原にいっせいに咲くニッコウキスゲ
今日もどこかの山で咲いているニッコウキスゲがある。
台風や大雨の日に咲く花は
真っ青な夏空の一日に咲く花を羨んでいるだろうか。
   


生まれる日は選べないからなあ。
ときどき思うのだ。
嵐山光三郎の「口笛の歌が聴こえる」を読んで
なんて楽しい時代に生まれたのだろうと羨む僕らの世代がある。
(当然、そんなことはないという人もいるだろうが)
もし昭和ヒトケタ世代として生まれていたらどうだったろう?
美しかるべき十代を悲惨な戦争とともに生きなければいけない。
小学生の時に2.26事件が起こり、高校を卒業する頃には本土空襲。
そして、理不尽に命を絶たれてしまう人生だったかもしれない。
生まれる日も、場所も人は選べない。


芝公園セレスティンホテルにて、腕立て伏せ30回。