2012/3/31 誰も教えてくれなかった。


今日は朝から雨風、センバツは早々と中止になった。


五十五になると、身体と心がこんなふうになるなんて、若かった頃の僕に、誰も教えてくれなかった。
“けふは海老のようにかなしい”と室生犀星が表現した人間の性。
どうして大人たちは教えてくれなかったのか?
永遠に若いまま生きていくのだと思ってたわけでもないが、老いていくのは他人の話だと思っていた。


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《BACK TO 2011》
2011/3/31 弥生のつごもり  http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20110401/1301618167
※ 生まれて初めて東北に行った20代半ば、それは男鹿半島津波が縁だった。
 この日の日記にいつか書くとしてまだ書いていない。


弥生の晦(つごもり)、2011年の3月が終わる。
ソメイヨシノも咲き始めた。
いろんな思いが頭をめぐる。
深呼吸をひとつ。


午後、やや大きめの余震があった。
岩手の花巻で震度5強宮城県北部で4強…!
仙台の叔母に電話する。
ああ、もう慣れてるからね、と平然。
近況を聞く。
すでに電気も水も来た。
ガスももうすぐ来るという。
震災後にがんばってラウンジの営業を始めたが2日で締めたとのこと。
店のあるビルにまだ水が来てなかったらしい。
水無しで2日間営業したのか…。
ビルにも水が来たので明日から再開するとのこと。


震災後に読み始めた高田郁『銀二貫』を読了。
阪神大震災の時は三ヶ月くらいは本を読む気になれなかった。
特にフィクションには全く集中出来なかった記憶がある。
今回、バカみたいに時間はかかったけど時代小説なら何とか読めた。
『銀二貫』、江戸時代の大阪天満が舞台。
知ってる地名のところばかり。
察するに舞台となる寒天問屋の井川屋は「よしむら」の近くにある。
大川にかかる天神橋が象徴的な存在として描かれている。
江戸時代の天神橋は表紙絵のように中央の盛り上がった太鼓橋。
一番高いところからは海も見えたのだとか。
川上の天満橋はおもに武家の使う橋だったそうな。


度重なる大火、そのたびに大阪の商人は一文無しになった。
当時は社会保障も何もないから家が焼けたら裸で路上に放り出される。
人気シリーズ『澪つくし料理帖』でも主人公は水害で両親を失っている。
奈落に突き落とされても、何度でも立ち上がる人々。
日本人は、いつだってこうして逞しく生きてきたんだな。