2014/11/18 自分は…。

朝9時からスポーツ整体&筋トレ。
神戸マラソンまではちゃんと足をいたわりケアしよう。
筋トレは、プルダウン(40キロ)、レッグプレス(40キロ)をしっかり3セット。
バックエクステンション、ダンベルフライ(8キロ×2)、レッグエクステンション(20キロ)、レッグカール(30キロ)を2セットする。


朝食後にネットニュースで高倉健が亡くなっていたことを知る。
享年83、悪性リンパ腫だったそうな。


   


高倉健さんの映画は数えるほどしか見ていない。
熱心なファンではないがいつも理想の男としてあこがれていた。
自分もあんな孤独な気配を帯びた長身で骨太な男だったらいいなあ、と。
しかも実のところインテリだし。(死語かな?)
そして「自分は不器用ですから」なんて言うのだ。
自分は、が似合う男かどうかは置いといて、自分は、と口に出してみる。
一人称としての“自分”、僕も使ってみよう。
独酌が好きだから…


 
   “自分は、一人で呑みます”


声に出してみる。
おお!
高倉健じゃん。
もひとつ。


   “自分は、立って呑みます”


やや、貧乏くさいか。


   “自分は、赤ウインナーにします”


   “自分は、目玉焼きをトッピングして下さい”


   “自分は、お得な「おとうさんお疲れさまワンコインセット」にします”


   “自分は、帰ります”


   “自分は、乗り過ごしました”


   “自分は、もどしそうです”


   “自分は、反省します“


   ”自分は、自分が嫌になりました”


   “自分は、もう寝ます”



高倉健といえば…3年前取材中に聞いたあるエピソードを思い出す。
2011年秋、京都府の日本海側、丹後の網野町大阪マラソンに出場する市民ランナーに会った。
そのときに書いた日記を再アップする。

  


  Sさん(当時69)は日本海に面した小さな港町に暮らしている。
  21歳で失明全盲になった。
  29歳のとき女の子を産んだ。
  母となった彼女は、按摩(マッサージ師)として生計を立て、一人で娘を育てた。


  42歳の時、目の見えない人は運動不足になるから、とマラソンを薦められた。
  初めて走った3キロレース、若い消防隊員の伴走者に引っ張られ、優勝してしまう。
  表彰台、優勝の楯、拍手、世間から誉められたのは初めて、誇らしかった、とSさんは言う。
  以来、当時中学生だった娘に自転車で伴走してもらい、駅までの3キロを毎日走り始める。
  そして、フルマラソン 200 回以上、100キロのウルトラマラソンも9度完走する。
  ほとんどのレースを娘が伴走した。
  走り始める前は80キロを越えていた体重も50キロ台になっていた。


  問わず語りに、ロケで彼女の住む町を訪れた高倉健の話をしてくれた。
  1970年代、Sさんが32歳のころのことだ。
  映画の撮影で網野町の老舗旅館に泊まっていた健さんのマッサージに呼ばれた。
  緊張しながら心をこめてマッサージした。
  「ねえさん、上手いね。 ひとりで娘さん育ててるんだって?」
  気に入られ、滞在中 毎晩旅館に通った。


  明日でこの町を発つという最後の夜、入念にマッサージをした。
  終えたら深夜0時を越えていた。
  いつものように自宅まで送ってもらおうと宿の女将さんを呼んだ。
  が、何度呼んでも返事がない。
  健さんもいっしょになって女将さんを呼んでくれるが返事がない。
  探そう、と健さんが手をとって廊下を歩き出す。
  古い大きな旅館の別館、本館につながる長い通路を健さんと二人っきりで歩いた。
  夢のような時間だった。


  何度も繰り返し話したんだろう。
  健さんの思い出を語るSさんは十代の乙女のようだった。
  (結局、女将さんは居眠りしてたそうな)


網野町の海、ここでSさんと娘さんが走るシーンを撮影した。
  


こちらは映画の1シーン。
丹後半島のどこかの砂浜だろう。
  


  その町でロケされたのは『無宿(やどなし)』という映画。
  Sさんは映画館まで行って音で楽しんだという。
  1974年公開、キャストは高倉健勝新太郎梶芽衣子
  ロベルト・アンリコの「冒険者たち」をベースにした映画であるらしい。
  アラン・ドロン高倉健、リノ・バンチェラが勝新太郎ジョアンナ・シムカス梶芽衣子か。
 

                            
                               2011/9/19 ぷよねこ減量日記 より



というわけで…誰も選ばないだろうけど僕の高倉健ベストムービーは「無宿(やどなし)」です。
ドロン&バンチュラの本家『冒険者』も大好きだけど、「無宿」はそれを越えてるくらいに素晴らしかった。


          


DVDで見た日、日記に興奮気味に感想をアップした。


  勝新と健さん夢の競演。
  監督は「津軽じょんがら節」「旅の重さ」の斉藤耕一、全てのカットが素晴らしい。
  脚本の下敷きになっているのはロベルト・アンリコの『冒険者たち』だ。
  リノ・バンチェラが勝新アラン・ドロンが健さん、ジョアンナ・シムカス梶芽衣子か。
  あのクラシックな潜水夫の出で立ちも登場する。(笑)


  過度の期待はを持たずに見たせいか凄く面白かった。
  ラストシーンはひたすら70年代的 。
  美しいものこそが悲しい、いや悲しみそのものが美しいのだ。
  真夏の海、まぶしい太陽、血の臭い、救いのない結末。
  登場人物は誰も一張羅、最初から最期まで同じ。
  哀愁を帯びた音楽もいい。
  自宅のiMacで見ながらオールナイトの映画館にいるような錯覚、あの時代がよみがえる。
  二大スター競演ものって概して出来はイマイチと言われるが僕は傑作だと思う。
  1974年当時はそれほど評価は高くなかったらしい。



薄倖のヒロイン、梶芽衣子がいい。
当時の感想では健さんのことよりいの一番に彼女のことを書いている。
http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20120503/1335971574



一昨年、ザ・プロフェッショナルで放送した「高倉健インタビュースペシャル」オンデマンドで見た。


  


意外にもあの健さんが年寄りの独り言のように饒舌に語る。
自然体の語り口や声は江夏豊に似ている。
(すごく似てます!)
「あなたへ」で共演した北野たけしの評が的を得ていた。
「気さくだと思うでしょ。だって誰もが健さんに嫌われないようにしゃべるからね。そのたびに健さんは孤独になっていく」と。
そういう立場になって知る孤独感は当のたけしも感じているのだろう。
二人とも苦労人、生まれつき3塁ベースに立っていたような境遇ではなかったから。
高倉健の立ち姿の美しさは孤独に由来する。
魂にしみこむような孤独。

  
…午後からミニ番組のナレーションのチェック、手直しをマジメにする。
少しずつ軌道修正していかねばならぬのだ。
どこへ向かっているかは、何が最終目標かはいまだに見えないが、せめてクオリティを少しでも上げたい。
修正原稿をメールで送ると暇が出来た。
A部氏から早飲みしたそうなメールが届く。
出勤前に第一ビル銀座屋で瓶ビール。
自分はサッポロビールです。
おお、そういえば健さんの、男はだまって、はサッポロだったよなあ。
自分はハムエッグをお願いします。
自分は小海老フライをお願いします。
A部氏がほどなく合流。
大相撲中継を見ながらサッポロラガーを飲む。
ニッポンの幸福。
仕事なので小一時間で切り上げる。


ナレーション録り終了後、9時過ぎに天満宮へ。
「よしむら」を覗くが満席の様子。
残念!
南森町交差点の「つるまるうどん」できのこあんかけを食べる。
今日も立ってばかり。
遅くに食べたので少し歩こう。
大阪駅まで歩く。