09/10/26 「残り千回の」という意識

昨日の夜、さくら夙川からの帰り道、Podcast小島慶子のキラ☆キラ』を聞く。
時事放談」に出演したエコノミスト浜矩子が語った言葉が印象に残ったと言う。
今年、僕はこの人の書いた『グローバル恐慌』(岩波新書)を読んだ。
なかなかの剛筆と見たが論客としても強者らしい。
今を生きる日本人はあまりに経済成長とか経済効果とかの言葉に支配され過ぎている。
国民が声をそろえて国際競争力とか景気回復だと合唱する。
みんなが財界人のようだ。
もう、日本はそういうステージの国ではない。
こども手当を出すのは購買力をアップさせて経済効果が見込めるからだ。
なんて言い方をしないで、もっとシンプルに考えられないか。
暮らしやすい国、誰もが幸せに暮らせる国にしよう、という言い方がなぜ出来ないのか。
そんな論旨のことを語っていて小島慶子は感動したと言う。
僕もそう思います。


…今日は朝からエビフライ。
エビフライはばあばあ(義母)の得意料理でヒロがもらってきたのだ。
大きさも手頃でパン粉がいいのか香ばしくて確かに美味しい。

     
      


…今日は朝から雨。
9時に家を出て編集スタジオに入る。
新番組の最初の編集、オープニングタイトルとかジャンクションとか、
テロップの定型を決めるとかの手間のかかる作業が多い。
でも、思うのだ。
僕にとって新番組を立ち上げという仕事は最後になるかも知れない。
あるいはラス前になるかもしれない。
山田風太郎のエッセイのタイトルではないがどのみち「あと千回の晩飯」なのだ。
50を過ぎると砂時計の残りを強く意識する。
プロ野球の選手が現役最後の打席に立つ。
そんな万感の思いで仕事をすればいいのだが、やはり面倒なことは面倒だ。
老いるには早いとは思う。


作業途中でデスク会議をはさみ10時前に終了。
スタッフと福島の焼き肉屋『浦江亭』へ行く。
雨スポという番組を立ち上げた頃によく行った店。
野趣あふれるというか作業場のようなところで七輪の炭火で煙りもうもう、
工事現場にあるようなむき出しのダクトから冷気が吹き出しているワイルドな店だった。
男が一人でやってきて七輪を抱きかかえ焼き肉と白飯をむさぼり食っていた。
今日行くと、あれ? 小ぎれいな普通の店になっていた。
正直がっかり。
店の活気も失われてしまったみたい。
焼き肉は「叙々苑」のような高級店で食べても美味しくないのだ。
わかってないなあ。


平山瑞穂『シュガーな俺』読了。
僕にとって大きな意味を持つ読書だった。
感想は後日必ず。