2011/3/22 海にたじろぐ

日常に戻ろうと自分にかけ声をかけた。
にもかかわらず、3.11以来 朝のジョギングをサボっていた。
震災のせいにしてグータラを決めこんでいたとも言える。
ぐずぐずとテレビの前で文句ばっかり言ってる人間と同種の体たらく。
震災を自己利益のために利用していることに他ならない。
ジョギングを再開しよう。
日常の活動を始めよう。


新西宮マリーナへの往復5キロの海沿いのコース。
走り始める。
海を見てドキっとする。
心が海岸線に近づくのを抵抗する感じ。
テレビで見た10日前の映像がフラッシュバックする。
穏やかな凪の海ですぐに慣れたけど、ちょっと驚いた。
サイバーショットに異変が!)


以前にも同じようなストレス障害っぽい感覚に襲われたことがある。
2005年のJR福知山線脱線事故
福知山線と僕が通勤で使う神戸線東西線は尼崎駅をジャンクションにしてつながっている。
神戸線は動いていた。
西宮駅のホームへ事故を起こした同型の車輌が入ってきた。
行き先も同じ「同志社前行」だった。
心臓がドキドキし始めた。
乗り込んだ。
電車がスピードを上げると冷や汗が出てきた。
息苦しいのを何とか我慢して京橋まで乗り続けた。
あの時をちょっと思い出した。


16年前の震災の直後、高校野球関係の取材で神戸へ通った。
電通ビルに寝泊まりもしたが何度か余震に遭った。
本震の時は地べた(テント)に眠っていたのでビルの中とは全く感覚が違う。
地べたの震度7も恐かったけど、ビルの4階の震度5の方が気味が悪かった。
テントの中は地震というより周囲に爆弾が落ちているような感覚、
あるいは100頭くらいの馬がテントの周りを駆け回ってるような。
あるいは中華鍋で炒められている焼き飯のような。
震度7は縦揺れ、余震はほとんどが横揺れだった。
ストレス障害のようなものは少なかったと思う。
当時独り暮らしだった僕は震災から2週間後アメリカへ一人旅に出た。
水もガスも出ないし精神的にも疲れてたのだろう。
Tmporary Escape (一時逃避)、6日間ほど被災地から逃げ出した。
行った先はシアトルとサンフランシスコ。
シアトルの宿のすぐ近くに高架の湾岸道路が走っていた。
その支柱を見て驚いた。
阪神大震災で倒れた阪神高速の支柱の3分の1くらいの細さだった。
神戸がゾウの足ならシアトルのは鶴の足くらいに思えた。
見ているだけで冷や汗が出て心臓がバクバクした。
こういうストレス障害もあるんだと思った。
その逃避行の最初の夜、シアトルで地震があった。
シアトルも地震多発地帯なのだ。
震度3くらいだったろうか。
その夜は一睡も出来なかった。


Podcastの『キラ☆キラ』で町山智宏の話を聞く。
ソ連の原潜事故を題材にした映画『K19(ケイナインティーン)』
K19という原子力潜水艦が事故を起こす。
冷却装置が故障してメルトダウンの危機が迫る。
乗組員が冷却水のバルブを修理するために放射能が充満した危険ゾーンへ入っていく。
作業できる時間は10分が限界。
乗組員はひとりづつ家族の名前を呼んで原子炉のあるゾーンへ入って行く。
強烈な放射能で皮膚がただれ被爆して次々と死んでいく。
町山氏は福島原発の事故を知りこの映画を思い出したという。
実は僕もそうだった。
印象に残る強烈なシーンだった。
いま、あんなことが福島原発で起きているのだろうか。

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…朝食は“瀬戸内の春”を食べた。
イカナゴ三昧、イカナゴづくしでした。
朝からちょっと食べ過ぎ。


シンプルに釜揚げ。目が恐い。


野菜といっしょにかき揚げ。


もう一品は卵とじ。


なぜか(不謹慎にも)赤飯!



…夜はセルジオと木下酒店へ行く。
ラグビー好きの店主が楽しみにしてた国際試合が次々に中止になって悲しいとのこと。
その気持ちわかります。
赤ワインボトルで飲む。
それでも一人1000円ちょっと。
調子に乗って『蔵朱』へ。
京揚げ焼を一品のみで広島の『竹鶴』を熱燗で飲む。
続いて『よしむら』のカウンター。
絶品の鮭とばで一杯だけ。
良い日本酒は気持ちよく酔える。


…午前10時の映画祭。
楽しみにしてた『ヤング・ゼネレーション』を見逃してしまう。
ちゃんとスケジュールノートに書いておくべきだった。