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五十にして立ち、惑わず、天命を知る 2007/2/14

世に生を受けて半世紀、今日から“僕の50代”が始まった。
2007年2月14日から2017年2月13日までの10年間。
どんな10年になるだろう?
とにかく、まだ、そして人生は続く、のだ。 

春の雨が降る。
南の方では春一番が吹いたそうだ。
今日一日は自宅で過ごすと決めていた。
雨も悪くない。
体重70.45キロ。

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2月14日の日記を読み返す。
20歳になったときは、1977年 金沢で大学生だった。
30歳になったときは、1987年 フリーになって2ヶ月後に高松へ移り住む。
40歳になったときは、1997年 スポーツの仕事を続けて10年目、
ロクに仕事もせず春にハワイ島8日間 夏から秋にアラスカ二週間の一人旅。
まだ、結婚してなかったんだよなあ。
2007年、50というのは正直一番重いかなあ。
紛れもなく積み重ねた時間の重さだ。
ささやかだが半世紀の幾星霜が我が身にのしかかる。

近年、映画を観ていて、本を読んでいて 思う。
20代や30代前半の感じ方と今とでは明白な断層が存在する。
あの頃、どんな映画を観ても自分を主人公に置き換えていた。
あてもなく 漠として 大海原のように果てしなく広がる未来、
無限大の可能性はひとつ間違えればとんでもない危険をはらんでいた。 
バスを一つ乗り遅れるだけで、まったく違った未来があった。
今、それはただの夢想に過ぎないと知る。
これを知るのに20年かかった。 
大草原の向こうに、あの雪を抱いた山塊の彼方に、何かがあるのでは? 
とあこがれるという感覚はもう無い。

節目の誕生日だからって気のきいたことを書こうとしてるなあ、バカだね。

じたばたするなよ、五十代が来たぞ。
四十にして惑わず、五十にして天命を知る とはよく言ったものだ。
ただ、やりたいことの選択肢が限られてくる ということは、
そんなに捨てたもんじゃない と思う。
人生の50のリスト、あるいは100のリストを実現する確率は
若い頃に比べ格段に高くなっている。
“華の五十代”、“黄金の五十代”にしよう。

…電車で見たJTの車内広告。
「ピンとくるアロマ Roots 缶コーヒー」
直立したネコが可愛い。
WEBページを除くと他にも、直立するアザラシ、直立するハリネズミ もある。
ぷよねこも 五十にして立つ のだ。

…NHK「ゆるナビ」は全て録画して月ごとにDVDに焼いている。
雑誌のコラムのようなゆるい番組がうまく作ってあり感心する。
1月分の3本をいっきに観る。
コラムニストは辺見えみり、淡路島を自転車で走ったり、冬の京都を散歩したりしてるだけ。
語り口はゆるーく、決して大声で騒いだりしない。 自然体がいい。
いくつかのコーナーがある。それぞれ1分から5分までの短いもの。
「○○のない暮らし」「わたしの愛したふとっちょさん」
「しばわんこの和のこころ」「年季もので行こう!」がいい。

選曲がいい。
知ってる曲もいい。
YOU'RE IN MY HEART/演奏:ROD STEWART
You Don't Know What Love Is/演奏:Sonny Rollins
知らなかった曲もいい。
PATIENCE/演奏:GUNS N' ROSES

選曲もさることながらカメラが上手い。
暗い場所でもバカバカ照明を足さずに自然に撮っている。
これって難しい。
自然の音(ノイズ)の使い方も上手い。
他の人はどうなのかわからないが「ゆるナビ」にぞっこんです。
(かといって作りたいとは思わない。制作は“ゆるく”はいかないものだ)

…バレンタインデイです。
一昨日の晩だったか、ヒロがNHKで「サロン・ド・ショコラ」のドキュメントを観ていた。
パリで開催される世界のチョコレート職人によるコンテストだ。
最近はチョコレートのバラエティが豊かになりグレードも高い。
ヒロがふともらす。
「ゴディバとかいろいろあるけど、わたしは明治やロッテの板チョコが美味しいと思うわ」
実は僕もそう思っている。
明治のミルクチョコレートやロッテのブラックチョコ、ふつうにおいしいよね。
それに一枚100円しないのだ。
コストパフォーマンスは高い。

♪チョッコレート、チョッコレート、チョコレートはめ・い・じ 

(CMソングの作は浜口庫之介だと思いこんでいたが、調べると いずみたく でした。
 ♪ わたしのカローラ、わたしのカローラ がハマクラ作、どちらも淋しげな短調がいい)

高級ブランドのチョコレートが値段の分美味しいとは決して思わないのだが。
板チョコのあの銀紙に包まれたレトロで控えめなたたずまいも好感が持てる。

…ヒロは雨を突いて近所のプールへ行く。
結婚した頃に出来た西宮のイトマンに通っているのだ。
僕は京橋のコナミなので自転車では行けない。
自転車で5分のところに芦屋浜海浜公園の屋内プールがある。
一回800円で利用できる。
ゴアテックスのパーカーにオーバーパンツ、防水キャップを被って出かけることに。

平日でプールは空いていた。
半分は子供のスイミング教室だが、半分は5人ほどしかいない。
泳いだり歩いたり1時間以上のアクアエキササイズ。
ジャグジーが気持ちいい。
帰りに受付でチョコレートをもらう。

一日家にいて、自転車でプールに出かける。
仕事が無くなったらこんなふうに過ごすのかなあ、と思う。
自転車で3分の図書館があり、5分のプールがある。
悪くない。

…誕生日、夕食は豪勢にステーキ。
身体のことを考えて赤身のもも肉(二人で200g)にしたのだが、
やっぱり霜降りのサーロインの方がステーキにするなら美味しい。
一人80グラムくらいでいいからこれからはサーロインにしよう。

プレゼントは錫製の酒器セット。
一合入るちろりと杯が3つ、木箱に入っている。
奥播磨「純米吟醸 袋しぼり 第35号酵母仕込み 15BY」を飲む。
ヒロもうなる旨さ、15BY独特の香ばしさ。

 

クライミング初体験記 2006/4/13

雨が降りそうな陰鬱な空。
7時半過ぎに起床、今日は午前中に予定がある。
体重70.25キロ。

…9時に自宅を出る。
西ノ宮駅から塚本駅まで15分ほど。
駅のロータリーから歩き出す。
雨がぽつりと落ちてくる。
居酒屋、美容院、交番、コンビニが並ぶ路地を歩く。
淀川区塚本、○○鉄工所、○×溶接所、××工作所、
アセチレンの光と音、工業油の臭い、「貸文化住宅」ありますの張り紙、
日当たりの悪い○×サニーハイツ、銭湯の看板…、
ボクシングジムの似合う風景を15分ほど歩く。

シティ・ロック・ジムは新幹線の高架沿いにあった。
前が駐車スペース、倉庫のような建屋の外壁は10メートルのクライミングウォール。
中に入って受け付けを済ませる。
レッスン料(レンタルシューズ代込)で4200円也。
屋内にはSF映画のセットのような人工壁。
怪物の体内に潜入したかのようだ。
ジェーン・フォンダが主演した宇宙映画「バーバレラ」を思い出した。
平日の午前中とあってクライマーは少ない。
フランス人らしき外人が数人、若い男が二人ほど。
あと70歳近いだろうという職人風の老クライマーが壁に取り付いている。

 

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足袋のようなクライミングシューズを履いてレッスンが始まる。
インストラクターはちょっと向井万紀夫さんみたいな髪型、
小柄だが鋼のような身体の30代の男だ。
最初は器具の説明、ザイル、ハーネス、カラビナ、確保器等。
次にハーネスを付ける、ロープの結び方を覚える、エイトノット。
ロープで安全を確保して室内の壁を登る。
トップまで登り、手を離して確保(ビレイ)の練習。
反対に僕が確保者(ビレイヤー)になってインストラクターが落ちてみせる。
次に外壁、10メートルに登る。
高所恐怖症の人には絶対に無理だろう。
トップがちょっとオーバーハングしているのが怖い。
登ってみてください、と言われ登り始める。
決して楽ではないが何とか完登する。ちょっと嬉しい。
確保器で懸垂下降で下りる。

クライミングは(特に初心者は)すぐに腕がパンパンに膨らむ。
僕の二の腕も血管が浮き出て超人ハルク状態になる。
これは乳酸が溜まってしまうからでレスト(休憩)しなければいけいない。
室内のマットに坐り20分ほど手を休める。
だからクライミングは1時間では3回か4回しか登れないのだ。
普通は2時間か3時間やってきますね、とインストラクター。
うーん、時間がかかるのかあ。

休みながらいろいろと話を聞く。
日本のフリークライミング事情、何だか取材しているようだ。
インストラクターは中貝次郎さん、日本でも有数のクライマーらしい。
去年はフランスに遠征してガンガン登っていたそうだ。
こちらの素性も明かして平山ユージと安間クンら10代の若手との力関係を聞く。

「うーん、はっきり言うとユージから見れば安間クンらはハナクソみたいなものですね」
結論を言えば、そうらしいのだ。
確かに今の中学生や高校生は凄いしテクニックもある。
いわゆる大会、コンペ、たとえば、
ジャパンカップや日本選手権で惜しいところまで行くだろうし、
ある大会ではユージに勝つことも不可能ではないけれども、
この世界ではそれでユージより上とは誰も認めない。
(これまで何度か国内大会でユージを敗った選手もいた)
短期決戦ではそうだが、年間を通しての総合ではまだ誰も勝てない。
それでも当然ながら安間クンらにとってユージに勝つということは大きな意味があるのだが。

しかし、ユージは越えられない大きな壁だ。
「ユージも16歳くらいのころから凄かったが、スケールが違う。
 彼の場合は16歳、17歳で世界のトップのクライミングをしてましたからね」

平山ユージの凄さは…
単身フランスへ渡った。
世界中の岸壁を登り、数々の未踏のルートを征服した。
たとえば、ヨセミテのサラテルートのオン・サイト。
(これは世界でも無茶苦茶凄いことらしい)
それともうひとつは大会(コンペ)にも強かった。
競技ではセッティング一つで選手に有利不利になる。
ホールドの位置を変えればいいのだ。
体格が違う自国の選手に勝たせるためには
ヨーロッパでは露骨にそんなセッティングをしてくるらしい。
(そこが五輪種目になるための障害の一つでもあるらしい)
そのヨーロッパのコンペで平山ユージは勝ち続けた。
ゆえに尊敬を集めるサムライとなり得たのだ。

それともう一つ、
このクライミングの世界ではコンペだけやっているクライマーは尊敬されない。
やはり、自然の壁をリスクを冒して登る勇者が尊敬を集めるのだ。
「ユージは本当にいい奴ですよ」と中貝氏は言った。

20分ほど休憩しレッスン再開。
今度は10メートルの外壁をピンク色のホールドだけを使って登る。
最初は快調、しかし7メートルくらいの高さで行き詰まる。
つかむホールドに手が届かず何度も持ち替える。
両手のポジションや足のポジションを変え何度もトライする。
その間は壁に張り付いたまま、当然つかむ腕が消耗する。
手足それぞれのポジションがパズルのようなもの。
頭を使え、答えを見つけだせ。
しかし、消耗は激しい。
確保されているとは言え7メートルの上空、静かな恐怖。
次のホールドをつかむために何度も墜落する。
腕がパンパンで全く動かなくなる。
もう何度も死んだ。
ようやく降ろしてもらう。

両腕は乳酸が溜まりまくり、パンプ(PUMP)という状態。
これは30分以上は使い物にならない。
また、話を聞く。
「腕力じゃないですね。懸垂が何回出来ても登れないですよ。
 ぶら下がる能力の方が大事です。それよりバランス、身体の柔軟性、考えること」

他のクライマーは自分自身のルートで何度もトライしている。
静かなスポーツだ。ジムにはロックミュージックが静かな音量で流れている。
クラシックやエンヤの方が似合うのではないだろうか。

話の続き。

日本選手権を見に行ったら面白いですか?

いや、一般の人が見てもぜんぜん面白くないですよ、たぶん。
クライミングをやってる人じゃないと観戦しても退屈ですよ。

解説者が必要ですね。

そう、マラソンも誰かが実況、解説していないとつまらない。
淡々としてますからね。
クライマーが何を考えて、次は何を狙っているかを解説しないと。

カーリングに似てますね。
カーリングも現場で見るとなかなか集中出来ない。
いい解説者が不可欠ですね。

テレビの取材はよく来ますけど、? ですね。
紹介のされ方はいつも女性のフィットネスに最適、トレンド、みたいな。
テレビ関係の人が競技を知って貰うのは嬉しいです。

その後は屋内の人工壁でトラバース。
上に登るのではなく横移動。
実は自然の岸壁ではこのトラバースが必要とされる。
10メートルほどの横移動。
それほど難しくはないのだが、手がホールドをつかめない。
結局、時間切れ。
まずはこのビギナーズ・トラバースが目標だ。

「最初のうちは週に2回くらいはやった方がいいですよ、
 筋肉が出来てくるまでは週一ではなかなか出来ない。」

帰りは十三へとと歩く。
十三公園の桜が満開だった。
北野高校の前を通り十三大通りへ。
「大阪王将」で餃子を食べる。
阪急十三駅前の立ち飲みに心誘われながら梅田へ。
さあ、ニュースデスクだ。

…ニュースデスクを終える。
年寄りになるとお菓子の袋がうまく破れなかったり、
瓶の蓋が開けられなくなったりするらしい。
今はそんな状態。握力が半分以下しかない。
次はいつ行こうかな?
でも筋トレにはなるが有酸素運動にはならないね。

 

 

冬至にクラリネット 2007/12/22

今日は冬至、朝から雨が降っている。

夏至は英語で summer solstice、冬至は winter solsticeと言うらしい。

だから? というような訳だ。

7時半に起きてデスクに向かう。

ジョギングは出来ないからのんびりしてしまう。

 

佐世保の乱射、続報は犯人の狙いとその動機ばかり。

インストラクターの倉本さんを狙い撃ちしていた、という証拠を並べる。

警察の発表はこの手の話を小出しに発表しているだけなのだろうな。

新聞は明らかに情報操作されていると思う。

危険人物に銃を与えてしまった責任は?

あるいは許可した理由は?

簡単な手続きで許可される、と新聞もテレビも強調する。

でも、たとえば僕が西宮署に突然銃の許可申請をしたら、そんな簡単に下りるのか?

所轄の警察官にその理由をねちねちと聞かれるだろう。

猟をどこで誰とするのか?なんで猟をしたいと思ったのか?他に趣味はないのか?

制度上は簡単でも、警察の責任問題だ、よほどの意志がないと許可されないと思う。

長崎では簡単なのか、それとも犯人の家庭が警察に強烈なコネを持っていたのか。

新聞、テレビでなく週刊誌の取材を待つしかない。

 

…年末のマッカラン友の会。

恒例になっていた南光町のコテージを予約した。

ずっと満室だったが予想通りキャンセルが出たのだ。

西宮から片道2時間、ちょっと遠いのが

 

…佐々木譲「警官の血」上を読み始める。

昭和23年、焼け跡の上野で職を探す主人公が「警察官募集」の記事を目にする。

常宿であるドーミーイン秋葉原の周辺の広小路、アメ横、上野公園あたりが舞台だ。

ぐいぐいと読み進む。

 

…連日の芸術文化センター通い。

強まる雨足、川沿いを30分ほど歩き阪急夙川駅、一駅だけ乗って西宮北口駅。

 

今夜も小ホールでのジャズ。

クラリネットの北村英治+竹下清ピアノトリオ。

数ヶ月前に大野雄二のチケットを予約する際に、

ヒロが、同じ週の土曜日に北村英治もあるけどどーする? と言う。

行っとこう 見納めかもしれん、と僕。

正直、その時点では、あ、北村英治ってまだ生きてるんだ、と失礼なことを思ってた。

雨の中、歩いてホールへ来る途中でも、

ばあばあと同い年だもんな、ステージは休みながら吹くんだろうな、

ピアノトリオだけの演奏もはさむんじゃないのかな、

枯れた感じのライブなのだろうな、正直ちょっと心配だね、と話す。

 

午後5時、コンサートが始まり北村英治が登場する。

いきなり十八番の「素敵なあなた」だ。

クラリネットも大きな音で良く響く。

ピアノやベースと掛け合い、ドラムスとチェイス、

78歳とはまったく思えない。

 

そして、開口一番、今日はこんなに音のいいホールなので

PAは使わず出来るだけ生の音で聴いてもらいます、と挨拶する。

トークも滑らかで全く老人っぽくない。この人すごいなと思う。

 

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クラリネット、いいですね。

よく歌います、その音色は人間の声のようだ。

本人の言葉を借りれば“バリバリ”のスイングナンバーもいい。

楽しいジャズ、明解なジャズだ。

そして、本人の言葉を借りれば“うらぶれた”音で吹くバラードもいい。

アマポーラ、ひまわり、メモリーズ・オブ・ユー…。

涙がこぼれる。

この“切なさ”がたまらない。

 

80年代の始めだったか、東芝のオーレックスジャズフェスティバルがテレビで放送された。

ペニーグッドマンとテディ・ウィルソンが奏でる名曲「身も心も」を思い出す。

80近い爺さん二人の演奏はそれはそれは切なく素晴らしかった。

聴いただけで条件反射的に目がうるんだ。

言葉で泣くのでなく、音で泣いた。

 

たぶん休みながらやるんだろうな、なんて失礼なことを言ったものだ。

ヒロと顔を見合わせて、めちゃ元気やん、と声に出さずに言う。

78歳の演奏家が現役でバリバリ吹いている。

そのことに強く感動、嬉しくなった。

 

先日、知り合いのさこ大介さんのライブを見た。

60歳になったばかりの大介さんは一曲歌うとぐったりして休んでた。

だから78ならなおのこと、と思ってしまったのだが。

ま、大介さんはアマチュアだし、飲みながらだしな。

 

北村さん枯れてない。

きっとまだ助平なんだろな。

 

コンサートが終わってふと思う。

最近、どっかで北村英治に似た人に会ったぞ、としばし考える。

あ、そうだウイリアムスだ。

松屋町の立ち飲み、木下酒店の大将ウイリアムスが北村英治そっくりなのだ。

(その立ち飲みは外国人にウイリアムス酒バーと言われている)

そういえば北村さん、商店街にある洋品店の店主にいそうなタイプだ。

 

…夜になっても雨は止まない。

帰って柚子湯につかる。

トリノ雑感 2006,2,19

7時起床。
昨日も遅くまでトリノ五輪で就寝が2時近くになる。
WEBでカーリングの結果をチェックする。明け方のスエーデン戦だ。
タイブレークの末、7-8で敗れる。
最終エンドに日本が1点を入れタイブレークに持ち込んだのだ。
持ち込めても11エンドは先攻だからなあ。ドローショットで万事休すって感じだったのかなあ。
ネットで観ると、延長11エンド、日本はハウスに3つも入れ圧倒していた。
ガードも万全に見えた。
しかし、スエーデンのラストストーンは僅かなすき間を縫って…円の中心へ寄った。
ナンバーワンストーン、勝負はこんな風に決したらしい。
予選トップのスエーデンのスキップは
「日本はこれまでの相手で一番手強かった」と賞賛。

ジャンプのラージヒルも岡部の8位が最高、ショートトラックの神野も転倒。
厳しいアウェイの闘いが続くトリノであります。

…昨日は6時間以上もトリノ五輪のLIVEを観た。
カーリング女子の日本対カナダの試合は見応えあった。
折しも、カーリングの小説「シムソンズ」を読み終えたばかり、
ちょっとばかり知識が増え、いっぱしのカーリング解説者になっている。
ドローショット、カムアラウンド、ヒットアンドステイ、ヒットアンドロール、
ダブルテイクアウト、ガードストーン、コーナーガード…「シムソンズ」で覚えた。
映画化されているこの小説のモデルが27歳になるスキップの小野寺とサードの林。

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YTVスポーツの薄型液晶大画面で第1エンドから観戦。
解説者も的確な説明で分かりやすい。
試合は第3エンドに日本が敵のミスに乗じて2点先取。
圧巻は第4エンド、このまま終わればカナダに大量3点が入るかも、というピンチ。
スキップ小野寺が奇跡とも思えるダブルテイクアウト!
相手のストーンを2つともハウスの外へ出し、自らがステイするスーパーショットを放つ。
さらにノーミスで後半へ。強豪カナダが調子を取り戻す前に決着をつけたい。
カナダの戦略をことごとく小野寺がひっくり返す。

観ながら次のショットの狙いを予想する。それも徐々に的確になってきたぞ。
ああ、わざと点をとらない作戦も有りなんだ、
1点だけ相手に与えるってのもあり、
あ、これはガードストーンの陰にとめるショットかあ、
ハウスの中で自分たちのストーンを並べるときは平行に置くのか、
あ、なるほどダブルテイクアウトされるのを防ぐためか。

日本のペースで安心して終わるという感じだったのだが、
3点差以内ならカーリングは最終エンドが勝負なのだ。
最後の最後まで緊張を強いられるショット、ミスは許されない。
ラストは小野寺の素晴らしいヒットアンドステイが決まって日本が快勝!
カナダはカーリングの本場で永らく常呂町を指導する国だっただけに感動も大きい。

カナダチームは面白いことに4人とも眼鏡さんだった。
サードの若い子はニクソンというコーチの娘、
クラス委員然として眼鏡をとるとはっとする美人だったりする。
スキップは厳しい指導で知られる音楽教師、という感じ。

カーリングはスコットランド発祥のゲーム。
ハイボールでも飲みながら、ゲームを観戦、あれこれ言うのが楽しいだろうな。
ペースがゆったりしていて、予想する余裕があるからだ。
ゴルフや野球に通じるところがある。

…さらに女子クロスカントリーのリレーでも感動!
4×5キロ、前半の二人はクラシカル走法、後半の二人はフリー走法。
日本はこのリレーでなんと1区のラップを奪う快挙!

第一走者はスプリントで入賞した福田修子。
前半はしぶとく集団につく。入賞狙いだからこの戦略でいい。
そんな感じでレースを観ていた。
4キロ過ぎの登りでフィンランドやノルウェーなど北欧の強い選手が仕掛ける。
続く長い下りでいっきにその差を拡げる。
しかし、中継地点まで200メートルあたりで福田の姿が先頭集団に見える。
お、なかなかいい感じだぞ、実況アナも解説も「あ、福田いいですね」
ここから福田がトラックを移動してノルウエーの前に出る。
さらにラストスパート、いっきにフィンランドを抜いてトップに立った。
そのまま中継エリアへ。
驚く日本チーム、なんと日本がラップを獲った!
実況も解説も「すごい、すごい、日本トップ!」と声も裏返る。

日本も驚いていたが、ヨーロッパの選手達もあっけにとられていた。
これは実は凄いことなのだ。
僕も長野五輪のクロカンの中継Dをしたのでその実力差はわかっている。
福田には悪いが、正直信じられないシーンだった。
解説の佐藤さんの声が裏返るのも無理はない。

そのあと日本は第2走の石田が転倒、結果は12位に終わった。
しかし、あのシーン、あの一瞬観ただけでも価値があった。
福田は青森大鰐町出身の25歳、津軽娘の歴史的快挙でありました。
(素顔は2/15の日記でご覧下さい)

…今日は法事、朝から相川のヒロの実家へ行く。
1時間弱の正座、完全に足の感覚が無くなった。

…自宅に戻って日記を書く。
夕方から曇り空の下をジョギング。
体調がイマイチなのでどうかな? シンドかったら歩けばいいや、と走り始める。
ありがちなことだが走り始めるといつもより調子がいいぞ。
好調なペースで走りきり満足する。
山梨学院出身の某ランナーも言っていたが、長距離にはこういうことがあるから難しい。
感覚では計り知れないものがある。
反対に身体の感覚はゼッコーチョーなのに走り始めると「おかしいなあ」ということもある。
ビーチウォークにて、腕立て伏せ20回+腹筋10回。

カーリングの小林さんから大いに学ぶ 2006,4,7

(神保町サクラホテル)
西国分寺の駅前ロータリーで眼鏡堂店主と合流。
Number 編集部のK氏と挨拶して山中湖へ向かう。
K氏は東大のラグビー部でまだ20代半ばと若い。
店主の傷だらけのウイングロードは国立駅前の桜並木を行く。
見事な桜の古木が続くブールバードは圧巻だった。
並木の道沿いには雰囲気の良さそうな珈琲店や雑貨、食堂が点在する。
ここなら住んでもいいなあ、なんて思う。

中央フリーウェイを西へ。
このところ東奔西走である。
今日は山梨県は山中湖にあるカーリング場へ行く。
長野五輪の競技委員長であり、トリノ五輪のジャパンプールの名解説でおなじみ、
あの小林さんの所有するカーリング場「カールプレックス フジ」であります。
店主がWEBに書いた記事「カーリングの小林さんを知ってますか?」や
その後の取材を通じて親交が深まり、僕らも便乗することになった次第。
神宮のアイススケート場ではなく、公式のカーリングシートで出来る。

富士は頂を雲に隠していた。
天気は上々、山中湖まで1時間半の道のりだった。
湖畔のデニーズで昼食をとり、ちょっと迷って目的地に到着。
笑顔の小林さんの出迎えに感激する。
あの「トリノ五輪のカーリングの小林さん」だぁ。

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蒲鉾型のドームに入る。
小林宏さんはどこかNHKの古参アナウンサーのような風貌。
(狸か狐かと言われたらタヌ系の顔 歳は50代半ばかな?)
しかし、アナウンサーにありがちな尊大なところは無い。

挨拶もそこそこに小林さんの解説が始まる。
生コバヤシのカーリング話である。
トリノ五輪、スキップ小野寺の苦悩の48時間の話、
そして、カナダの英雄ラス・ハワードの高度な戦略の話。
生で冷静と情熱の間にある小林さんの名解説が聞けたぞ。
ベリー・インポータント・ショットならぬ
ベリー・インプレッシブ・モーメントでありました。

シートは2面。
小林コーチが直に指導してくれるのだ。
「2時間か3時間あればゲームが楽しるまでになりますよ」と嬉しい言葉。
基礎練習、なんと最初からスイーピングの練習だ。
(あのブラシでこする動作です)
デリバリーからハウスに届くまでが約20秒だという。
その20秒を全力でスイープする。
無酸素運動、息が上がる。
その後はゆっくりと氷上を滑ったり、ストーンを投げたりする。
神宮スケート場とは比べものにならないくらいに滑る。
軽く押し出しただけで30メートル先のハウスをオーバーしてしまう。
「これがオーガスタのグリーンですよ」と満足げな小林コーチ。
オリンピックの試合も可能なコンディションなのだという。
40分も立たないうちに
「じゃあゲームをしましょう」となる。
2対2、一人二役で各8投ずつ、4エンドまでやることになる。
相手は店主とナンバー編集部員の二人。
スイーピングも加えて本格的な試合は初めて、嬉しいね。

 

そして、これが白熱したゲームとなる。
僕のチームは第1、第2エンドと一点ずつ奪われ0-2、
最終エンドに向け第3エンドはスコアレスに持ち込み、
後攻のまま、第4エンドを迎えようと作戦を立てる。
しかし、スキップの僕のストーンがハウス内にとどまり1点獲ってしまう。
1-2で迎えた最終エンド、ガードストーンを置き大量点獲得を狙う。
かくして、狙い通りに展開する。
僕のラスト2の一投が相手のナンバーツーをテイクアウト!
ハウス内に赤いストーンが3つ残った。
4ー2で最終エンドで逆転勝利!
いやいや、嬉しいものです。
第3エンドからほぼ思い描いた展開で進み最後は好結果で終わる。
これって何だか、すごく楽しいぞ?

小林さんによると
僕らのような超ビギナーでも戦略(タクティクス)は最高のところで考えるべきだと言う。
技術は徐々にアップし、戦略に追いついてくるものらしい。
反対に技術に戦略を合わせてしまう(つまり低いところに目標設定する)と
それ以上、技術も戦略も伸びていかない。
7th Ining Cafeで長谷川滋利が言っていたことと通じるのではないか。
メジャーリーグで成功する人の条件は?と問われ、彼は言った。
「技術はそれほど問題じゃない。大事なのは頑張れる何かを持っていること」
理想をどこに置くか、が重要、
そして、その理想を抱くことが出来るかどうか、はその人の人間としての資質を問われる。
いやあ、カーリング、馬鹿に出来ませんね。(僕はしてないけど)

 

4エンドまでは4-2で勝ち。
まだ時間があるということで延長の最終第5エンドに突入。
僕らは2点差を守ろうという戦略で臨んだ。
相手に1点までなら、あるいはスコアレスなら勝ちだ。
しかし、ミスが重なり徐々に相手ストーンがハウスに溜まる。
あ痛!と思ったときには遅かった。
相手ストーンが3つハウスに残り大逆転を許す。

守りに入ったのが敗因、だから小林さんが言ったではないか。
理想は最高のところに置くべきだと。
その前のスコアレスは逆転をするための布石としての戦略だった。
いわば、攻めのタクティクス。
しかし、この第5エンドのスコアレス狙いは守り。
戦略的には正解だが、理想が低く、安易だった。
そこに油断が生じる。結果はかくのごとし。
いやあ、カーリング、勉強になりますね。

そんなこんなで4時間以上を過ごす。
小林さんはカーリングが好きで好きでたまらないのです。
この場所に来たことで。僕らがとても幸福な気分になれたのは
そんな小林さんのカーリングへの愛情が伝わってきたからだと思う。


…夕食は国立の老舗洋食喫茶「ロージナ」にて。
京都にありそうな歴史を感じさせるレガシー系の趣。
店主にもらった山口瞳「行きつけの店」に登場した店。
ザイ・カレーという激辛カレーを食べる。
ビールはベルギーのシメイビール。
充実した一日に乾杯!です。

4月 7戦全敗。

2016/1/31 いま出来ることは何か?

一月が終わる。
12月31日、一ヶ月前のことを思い返す。
「つかのまの」http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20160101/1451605804

 

年末からの東京仕事は自分が “いま出来ないこと” をちょっと手荒く教えてくれたような気がする。
タイミング的には今でよかったかもしれない。
仕事を失って逃げ場がなかったら8割方健康を損なっていただろうと思う。
大事なことはいま “いま出来ること” を考え、照準を絞ること。
あす2月から2016年のリスタート。


午後イチでマンションの火災感知器の取り替え工事がある。
こんな狭い我が家にも8箇所にあった。
テレビで大阪国際女子マラソンの中継を見る。
好天、マラソンには少し暑いコンディション。
ペースメーカーが作るハイペースについていく集団は5人くらい。
その中に福士加代子がいる。
個人的に竹中理沙を応援しながら観た。
彼女は立命館大学出身、現在は資生堂所属。
大学女子駅伝や都道府県対抗駅伝でもお馴染みのランナーだった。
鈴木亜由子と同級生でライバル、2011年のインカレ5000mで優勝争いをした。
いまはマラソンに転向してリオを狙っている。
しかし、ペースメーカーに食らいついた福士について行けず遅れる。
福士が21分台で優勝、竹中は大きく遅れて3位。
リオは夢と消えた。
トラックで再挑戦して欲しい。
いま、気になる女子ランナー。
鈴木亜由子、竹中理沙と前田彩里。
前田は仏教大出身、名古屋で代表を狙う。


きょうはラグビーの日本選手権。
録画して夜にご飯を食べながら観ることにして海沿いを走る。

  


リコッタチーズだそうです。
黒胡椒と塩味が強い。
再生チーズで癖がない。
オリーブオイルやメープルシロップをつけて食べる。
  


これはスライスチーズをレンジで焼いたもの。
香ばしくていいつまみになる。
今日は飲むつもりはなかったのにヒロが少しだけ飲みたいのだ。
芋焼酎のソーダ割りを一杯だけ飲む。
  


生ハム?
いやいや普通の無塩せきスライスハムです。
リコッタチーズに巻いて食べる。
  


きのう焼きそばに乗せられなかったのできょうは目玉のせのカレーライス。
グリーンコープで売っている甘口のレトルトカレー。
甘口だけど野菜のエキスがたっぷりの甘さで辛党の僕も気に入っている。
これに一味唐辛子をたっぷりかけて食べる。
  


ヒロが、夜は野菜食べてない と言う。
栄養士なので野菜がないとしっくりこないのだ。
カレーの中にたっぷり入ってるのにな。

2016/1/30 ぷよねこ年代記

 

2月から日記(ブログ)をリニューアルする。
思えばブログそのものは2003年に始めた。
cgiboy というポータルサイトだった。
のちに楽天傘下になり2009年6月でサービス停止ということになり今のhatena(はてな)に引っ越した。
so-net、livedoorなどいくつか候補があるうち、なんで hatena を選んだかは忘れてしまった。
使い勝手の良さと京都の会社であることだったのかもしれない。
2009年5月の日記にこんな記述がある。


  cgiboyの日記サービス終了で引っ越し先をhatenaに決めた。
  この「はてな」ってどんな会社なのだろうと思い検索してみる。
  本社は京都、オーナーは京大卒の元カメラマンで、
  移動は公私ともに自転車、ロードレースも主催している人物らしい。
  シリコンバレーにいそうなタイプ。
  ITミリオネアだろうけどヒルズ族にならず京都で自転車か、なんだか親近感が沸く。


京都の会社である、というのは後付けのようだ。
cgiboy 時代は写真が一枚しか貼れないというせいか文章中心でかなりの長文を書いていた。
それについては賛否両論だったと記憶する。
新しい「はてなダイアリー」になってからは何枚で貼れるようになった。
徐々に世の中に物申す的なことを書き続けるのが辛くなってきて映像に逃避した。
で、2009年から2016年の年明けまで続いた。

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同じhatenaが数年前にはてなブログというサービスを開始した。
ダイアリーとブログってどこが違うの? 
機能(出来ること)が少し増えて、デザインが新しく多種で見栄えが良い。(らしい)
旧来のダイアリーでも不自由はないのでそのまま使い続けた。
現日記が非公開になってしまったのをきっかけにブログに乗り換えてみよう。
どうせ今年の年始は出遅れて⒉月から再スタートしようと思っていた。
思惑が合致した。


cgiboy 時代       2003年1月〜2009年5月(8年5ヶ月)
hatena ダイアリー時代  2009年5月〜2016年1月(6年9ヶ月)
hatena ブログ時代    2016年2月〜

  
ぷよねこ減量日記の変遷である。

 

ラグビートップリーグの入れ替え戦を全試合テレビ観戦。
勝ったら昇格、負ければ陥落の一発勝負は熱い。
NTTドコモと宗像サニックス@福岡レベスタ

 

写真はラグリパより拝借。

サニックス10番ブライス・ロビンスのトライ。

  

カーン・ヘスケス擁するサニックスが19-15で勝ち昇格。
今シーズン、ドコモの試合は生で3試合見た。
2部降格の瞬間、フィフィティーンは崩れ落ちた。
Jスポーツの中継はサニックスの選手しか写さなかった。
入れ替え戦の中継としてはダメだと思う。
懐かしい選手がいた。
サニックスの10番 ブライス・ロビンス。
2007年のジャパン代表で中標津の合宿で見た選手。
当時はNECだったはず。
スタンドにかつてのスーパースターの姿が!
カルロス・スペンサー。
オールブラックスの英雄、通称 “キング ” だ。
永らくハカのセンターを務めた。
映画俳優のように絵になる選手だった。
2007年に来日した時、神戸ユニバでその勇姿を見た。


入れ替え戦、もう1試合も劇的だった。
同じレベスタ、コカ・コーラと九州電力の九州対決。
後半、九州電力が追いついた。
14-14のまま、残り2分。
引き分ければ残留、ラストワンプレーは九電ボール。
しかし、無情にもターンオーバーされノーサイド。
コーラ残留が決まった。
引き分けで昇格出来なかった九電。
同じ2007年のIBMと近鉄の入れ替え戦を思い出した。

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 今夜は焼き野菜を自然塩で食べる。

  


主食は辛挽肉焼きそば、かなり辛い。
目玉焼きをのせたかった。

  

 

深夜、U-23アジア選手権の決勝を見始めるが…。

え? 0−2から日本が3点とったって?

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2016/1/29 天満 de「う」吞み

ラズウエル細木の「う」という漫画がある。
呉服屋の若旦那 藤岡椒太郎がひたすら鰻を美味しく食べ続ける。
それだけの話なのにコミックが4巻も出ている。
僕は4回以上読んでいて今回5度目を読み終えた。
バカですね。
世の中にはもっと大事なことがあるのに、と自分でも思う。

 


「う」を読むと当然のことながら鰻が食べたくなる。
でも、実際にうな重を食べにいったことはない。
うな重なんて10年以上食べてない。(ひつまぶしは何度かある)
今日、嫁は友だちとランチに行く。
彼女は鰻が苦手で我が家の外食に鰻という選択肢はない。
雨降りだけど、これがチャンスとばかりに独りで鰻を食べに行く。
天神橋商店街の慶応3年創業の老舗「魚伊(うおい)」
酒友の阿部さんに紹介してもらった店。


午後2時の天神橋五丁目。
一階のカウンターにひとり座る。
二階のテーブル席には中国人観光客の若い女性が二人。
店の前でも中国人グループが興味深そうに店を覗いている。
中国でも鰻は人気なのだろうか。


うな重(上)とう巻きのセットを注文する。
この店は、というか鰻屋はほとんど炭火焼きだ。
待つ時間がう吞みの醍醐味だと漫画にあった。
滋賀の地酒「松の司」の熱燗とう巻きで待つ。 


焼きたての蒲焼きは旨い!

大阪風の蒲焼きは腹開きで蒸さずに直焼き。

パリッと香ばしい。

うなぎってこんなに美味しかったのか、とため息が出る。
この店は嬉しいことにワンカップ地酒がある。
「奥播磨」の冷えたので蒲焼きを食べる。
お酒2合とうな重の上(+う巻き)で4050円。
ひとり鰻、年に二回くらい許されるだろうか。


鰻と言えば…
四国に半年ほど住んでいた頃のことを思い出す。
今から25年ほど前、世の中がバブルに沸いた時代。
四国東通 営業部長のTさんが昼飯によく鰻屋に連れて行ってくれた。
高松の郊外、小さな川沿いにあった店。
Tさんは五十代だったか。
数年後、癌で亡くなってしまった。
この歳になってわかるけどTさん奮発してたんだな。
(領収書が切れたのかも)
まだ若かった僕は鰻は好きだったもののたいして有りがたみを感じもせず、

平然とご馳走になっていた。
いまTさんが亡くなったのと同じくらいの年齢になってうな重の美味しさと価値を知る。 


ほろ酔い。
まだ雨が降っている。
天神橋商店街を北へ。
うな重を食べながら行き先は決めていた。
まず「タイムリー」で珈琲豆を買う。
焙煎を待ちながらサービスのブレンドコーヒーとゆで卵。
雨の天七を眺めながら豆が焼けるのを待つ。


     

 

ブックカフェ「ワイルドバンチ」へ行く。
最後に行ったのはいつのことだったろう。
日記によると2012年の7月、鞴座のライブを聴きに行ったとき以来だ。
3年以上、そんな前だっけか?
もしかしたら記述がないだけかもしれない。
去年7月に店主の庄内さんが病死した。
ホームページで10月に再開したことを知った。

 

店主がいなくなった店へ行くのは緊張する。

庄内さんがいない景色が想像出来ないのだ。

もしかしていたりして、なんて思う。

いたらどうしよう。


店は変わってなかった。
ちょっとさっぱりと小ぎれいになった感じはある。
カウンターに店を引継いだ庄内さんと同年輩の白髪の人と

カウンターの中に40〜50代くらいの男性スタッフがいた。
ギネスを注文する。


余計なことかも、と思いつつバックパックからラグビーマガジンを取り出し二人に見せる。
おそらくラグビーマガジンにワイルドバンチと庄内さんのことが載っているとは知らないだろうと。
二人とも驚いて順番にコラムを読み始めた。


「その雑誌、さしあげます」
庄内さんを知る人に読んでもらいたかった。
「二冊ありますから」なんてね。
(コラムを読んだ人にはわかりますよね)


庄内さんのことをいろいろ話す。
・ラグビー好きなのは仲間も知ってた。シーズンには花園に誘われたけど誰もいかなかった。
 カンテキ(七輪)持って見に行くんや、とも言ってた。おおらかな時代の話。
・藤島さんとはなにやら難しい哲学みたいな話をして楽しそうだった。
・気に入った本があると「それ、やるわ」と言われたことがあるとか。
 自称弟子のそのスタッフには、商売なんやから絶対売らないとアカン、と言ってたのに。


ラグマガのお礼にとギネスはご馳走になる。
久々に“本好きの先輩の本棚”で猟書。
古本の森で見つけた3冊を買う。
虫明亜呂無「ラグビーへの招待」(平凡社カラー新書)
マイク・モラスキー「日本の居酒屋文化」(光文社新書)モラスキーは庄内さんイチオシだった。
良い居酒屋には必ず規律(ディシプリン)が存在する。
常連でも無かったけど庄内さんには映画や本をいろいろ教えてもらったなあ。

成瀬巳喜男作品では「流れる」は必見だとか、斉藤耕一監督の「無宿(やどなし)」は

ロベルト・アンリコの「冒険者たち」だとか云々。

坪内祐三「まぼろしの大阪」(ぴあ) これは著者サイン入り。
半額にしてくれて1500円、端数とって1000円にしてくれた。
端数って…。
ありがとうございます。 

2016/1/28 すべてを投げ打って

寝坊した。
数日前に比べて随分あったかくなる。
朝食メニューは、自家製ハンバーグ、白和え、茄子の油炒め、定番オニオンスライス。


今日の逸品は自家製ハンバーグ。
前回はイベリコ豚のバラ肉を叩いて作ったが今回は普通の豚肉。
思えばイベリコはミンチにすると粘りが出て甘い。
   


ヒロがプールへ行く前に西宮神社の「大陶器市」を見る。
10年前までは年に3回ほどの西宮えびす神社だが、ここ数年は月一ペースで訪れている。

この一月は初詣、十日戎、陶器市と3回目だ。

砥部焼き(愛媛)の小さめの蕎麦猪口と伊万里焼き(佐賀)の箸置きを買う。


「クリード チャンプを継ぐ男」@MOVIX あまがさき
MOVIX あまがさきは木曜男性1100円、

だったら見てもいいかなとスルーしようとしてたロッキー続編を見る。
大きなスクリーン、午後3時25分の回、客は10人足らず。
   

 

ロッキーシリーズ新章始まる?

あのアポロ・クリードに隠し子?

その男がボクサーになる?

トレーナーがロッキー・バルボア?

対戦相手が最強チャンピオン?

自らの引退の餞(はなむけ)に伝説の男の息子を指名?

ロッキーが癌に冒されてるって?

わかっちゃいたけどそんな設定にはちょっと辟易しながら見てた。

 

寂れた冬のフィラデルフィアの街がいい。

ロッキーの魅力の何割かはこのありふれて殺伐としたダウンタウンの風景にある。

エリートビジネスマンだったアポロの息子が どうして闘うのか?

そんな物語は退屈で寝そうになったが、実は3度泣いてしまった。

・タイトルマッチの当日、母から送られてきたトランクスを見た時に…。

 あの派手な星条旗をあしらった趣味の悪いトランクス。

・タイトルマッチの序盤か中盤、ロッキーのテーマが流れる。

 あのイントロが涙腺を刺激した。

・エピローグ フィラデルフィア美術館の前の有名な階段を息子とロッキーが登る。

 若き日に駆け上がった階段を息も絶え絶えに登るロッキーを見たとき。

 あれからロッキー・バルボアにも、僕にも、40年近い時が過ぎている。

 

  
『クリード チャンプを継ぐ男』日本版予告

最初に見たのが1977年だった。 

こんな映画は他にないもんね。

 


映画を見終わると眼鏡堂よりLINEメッセージが入る。
「ラグビーマガジン、大さんの原稿、必読!」
続けて、「すべてを投げ打って、いますぐにでも読んで欲しい、塩田さんには。」とある。
尼崎駅構内の書店で全てを投げ打って購入す。
  


  

 

ラン仲間の新年会を開催す。

大阪城公園を走り銭屋で宴会。

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2016/1/27 よしむらの宵

この日記を読んでくれている複数の友人から「ぷよねこ日記が見られなくなった」とのメールあり。
原因不明、ログインすれば見られるから公開設定が非公開になっていたのか…。
メールアドレスとパスワードを送ってログインしてもらう。


夙川沿いを3周走る。
一周が850mくらいなので自宅からの往復を足しても3キロちょっと。
月間65キロほどになる。
なんとか100キロにするためには明日10キロ、日曜日に25キロ走らねばならない。
1月もサボったものだと思う。
走れる日に走っておかないと100キロは遠くなる。
週末の寒波で梅の開花はそれほど進んでいない。
まだ1月だものね。

  


朝食は、鶏ミンチの蓮根はさみ焼き、ほうれん草おひたし、オニオンスライス・本ししゃも(牡)2尾。
きょうの逸品は本ししゃも。
  


午後イチでニュース斑会。
続いてキャンプ打合せ、続いてあすリート会議と3本続く。
IMPビルのスターバックスで日記を更新する。
ブログ不通の原因はおそらくコレだと思われる。
「著作物の無断転載を行っている記事に対し削除依頼を行います」
http://staff.hatenablog.com/entry/2016/01/08/173000

18日の日記に「その街のこども」の歌詞の一部を載せたからだろう。
でも、削除依頼のメールにはまったく気がつかなかった。
今さら削除してもどこに連絡していいのかわからず。
非公開のペナルティをもらったまま。
もう公開は不可能なのだろうか。
ならば、と思った。
この機会に引っ越しするか。
今の「ぷよねこ減量日記」は2009年5月から2016年1月まで6年9ヶ月続いた。
2月から心機一転、刷新しよう。
今のhatenaダイアリーから新しいサービスhatenaブログへ移行作戦を立案す。
同じhatenaのサービスだから今までアップした写真は使える。
乞うご期待! です。


IMPビルから南森町まで歩く。
約束の時間まで西日本書店で時間をつぶす。
本揃えのいい書店だとあっという間に時が過ぎる。
天神橋1丁目、「酒と肴 よしむら」久々に口開けから行く。
誰もいないカウンターは気持ちいい。
一月は金曜土曜の週末が異様に混み、平日は意外に空いているそうな。
坐ってほどなくA部老師も到着。
僕は燗酒から始める。
石巻「日高見」、魚に合う。
お造りはひっさげ。
黒鮪の小さいのでよこわより大きいのだという。
魚通にはお馴染みなのだろう。
他の客も「お、ひっさげあるの?」と数人が注文していた。
皿に出されて思い出す。
以前、食べたことあるぞ。

  


絶品でした。
とろや赤身、とろの炙り、皮付きの炙り、と鮪の美味しいとこを全部味わえる。
これが燗酒に合うのだ。


庄内野菜の御立葉ほうれん草と蛸の胡麻和え。
なんだか今日はヘルシー路線で攻めている。
A部さんのオーダーした一品がこれ。

  


白菜とベーコンを蒸したもの。(名前は失念)
白菜と白ネギ、アサツキ、椎茸を昆布だしで蒸してある。
黄色の白菜の間にはベーコンが挟んであるのだ。
こういうものが美味しいと思えるようになった。
酒は「東郷」「日置桜」「三重錦」と続く。


ほろ酔い。
天神橋筋のアーケードを北上。
いろんなお店をパトロールして天五、中崎町、茶屋町を経由して地蔵横町でビールの立ち吞み。
結局、きょうは京橋から梅田まで歩いてしまった。