2012/3/4 不可解な弱気

朝、もう雨が降り出した。
小雨なので強行ジョッグ、30分ほど走る。
体重は減らない。
73.70キロ、マイナス50グラム、ま、微減でもいいか。


雨の朝、それでも散歩する人もいる。
ユリカモメが食餌中なのだろうか、河口に散らばって浮かんでいる。
頭が灰色がかってきた。
そろそろ純白の冬毛からガン黒の夏毛へと変わりつつある。
4月になれば…、奴らは黒覆面の集団になる。
去年の日記にユリカモメの夏毛の写真がある。
http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20110421/1303349266


…朝食時の話題は今日予定されている『びわ湖毎日マラソン


「川内くんってなんであんなに弱気な発言するんかなあ?
 だってまだ可能性消えたわけじゃないんでしょ」 


とヒロが言う。
「もう自分は選ばれないと思う」発言やレース翌日の坊主頭は僕も、何で? と思った。
長距離選手は純粋で、世間から見ると変わり者というのは僕も取材を通じてわかっている。
川内くんは外界との間に組織やコーチというフィルターがない。
その変人ぶりがストレートに出てしまったんだろう。
自分の設定した目標が達成出来なかったから選ばれる資格はない、と思ったのだろう。
でも、あまりに無防備でピュア過ぎたかな、と僕などは思う。
メディアにもてはやされたことで嫉妬や嫌がらせがあり精神的に追い込まれていたのかな?
実際のことは僕にはわからない。


思うのだ。
せめて「選ばれたら頑張ります」と控えめに言っておけばいいのに、と。
こんなことを書いていると自分が処世術にばかり長けた人間になった思いでちょっと淋しい。


松野明美の話も出た。
「私を選んでくれたらメダルとります!」と記者会見を開いた。
松野なら糸子ばりに、ヘタレが! って思うだろうか。
でも、バルセロナ前の松野と今の川内くんとは成績が違うけどね。


びわ湖毎日マラソンといえば思い出すのがマルティン・フィスという選手だ。
イェーテボリの世界選手権に優勝したスペインの90年代最強ランナーだ。
忘れもしない1997年の大会、僕は何を思ったか中継を聞きながらジョギングしていた。
フィスは日本に強烈な印象を残す会心のレースをした。
先頭集団をでフィスは自在にペースをコントロールした。
詳細は忘れたが僕の記憶にはこんな感じ。
25キロ地点でフィスがスパート、ついて行けない選手が数名脱落。
30キロ地点でもういちどスパートをかけると集団がバラバラになる。
それでもついてくる数名のランナーの力を試すように35キロでさらにペースを上げる。
一人ずつ一人ずつライバルをなぎ倒し路傍に置き去りにしていく見事なレース運びだった。
実況を聞きながら僕はフィスになった気分で気持ちよく走った。
40キロ過ぎ、すべてのライバルを葬り去ったフィスは独走。
驚いたことに最後の1キロで2分40秒台の最速ラップをたたき出し優勝した。
タイムは当時の日本国内最高記録2時間8分05秒。
ペースを作り、相手をゆさぶった末に自らのチカラを誇示するように走り、勝った。
マルティン・フィスは速いだけでなく強いランナーとして僕の記憶に刻まれたのだ。
びわ湖が気に入ったのか翌1998年も出場し2位、1999年、2000年と連覇した。
この大会での優勝3回はすべて8分台だった。
WEB情報によるとフィスは瀬古利彦にあこがれてマラソンを始めたのだという。


…今日もニュースデスク。
マラソン、オープン戦、女子ジャンプ、女子バスケット中継を見て過ごす。
こんなお気楽な商売は他にない。
そのことは重々自覚し、あえて甘んじておる今日この頃です。


びわ湖には立命館出身の森田(カネボウ)が6位入賞、記録も9分台でサブテンを果たす。
学生では出岐(青山学院大)が9位に入り健闘が目立った。
トラックで逆転した山本亮(佐川急便)が8分台で日本人トップ。
ネットニュースで、飛脚ランナーがロンドン五輪当確、の見出しが踊った。
もし川内くんが選ばれたら、公務員、無職、飛脚、が日本代表として世界と戦う。
それはそれで僕は楽しいのだが。
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2012030400233